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一人の、赤い頭巾を被った少女が、暗い木々の中を突き進んでいた。


今日は普段よりも深い所に来ている。

周囲に気を付けながら目的の場所へと歩みを進めていた。


“例の日”までは5日ある。

それにこの森の動物はなぜか赤い物に近付こうとしない。


最低限の安全は保証されているので、少女は怖じ気づかずに歩みを進める。


ふと、少し離れた位置の日溜まりが目に入る。


そこには、岩を背もたれに、すやすやと寝息を立てて眠る青年がいた。


黒い髪の内側が白く、伸びた髪を雑に纏めている

右頬にある大きな傷跡が印象的だ。


こんな場所で寝ていては危ないと思い、少女は青年に近付き声を掛ける。


「大丈夫ですか。そんな格好では危険ですよ」


少女の声に反応し、ピクリと青年の体が震える


しかし起きる気配は無く、少女は青年を揺する。


しかし、少女は違和感を覚えた。


(…誰だろう、この人?)


ふいに、少女の体を大きな影が覆う。


少女が振り返ると、そこには黒く光る、涎を垂らしながら品定めするような目で少女を見ている、凶星の大蛇がいた。


この森の中心に降ってきた黒い星から生まれ、毎年決まった日に現れると村の人間を一人選び喰らっていく、「星の蛇」と呼ばれる巨大な蛇。


不幸中の幸いか、一度人を喰らえば翌年のその日までは人前には現れなかった。


例の日まではまだ5日ある。

だからこそ森へと入ってきた。


しかし目の前にはその蛇がいる。


少女は足が竦み、文字通り蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けなくなる。


大蛇は少しずつ少女に近付き、少女のすぐ目前まで来ると、舌をチラつかせながら淡く紅に光る眼で少女、そしてこの状況でも尚眠り続ける青年を一瞥した。


少女は泣きそうになりながらも声を殺して、大蛇を刺激しないようにしていたが、ついに死を悟り、目を瞑ってその時を待つ。


だが、少女の予想とは裏腹に、大蛇は青年の姿を見た途端に背を向けて、明後日の方向へと走り出した。


次の瞬間青年は飛び起き、頭を巨大な狼の姿に変形させながら、逃げる大蛇の首に噛み付いた。


光沢する鋭利な牙が、大蛇の鱗を突き破り肉を傷付ける。


アンバランスな人型の体に、大蛇は絡み付き必死に抵抗するが、噛む力は強くなる一方。


血飛沫が飛び散り、少女の服にまで付着する。


ベキベキと骨が折られ、肉を抉られる苦痛に大蛇は激しく暴れるが、頭が狼となった青年はそれをものともせず、ひたすらに大蛇の体を噛み潰す。


そして、ものの数十秒で大蛇は絶命した。

青年は元の姿に戻ると、今度は大蛇の死体を漁り始めた。


大蛇の心臓部と思われる部位を抉り、中から淡く紅色に煌めく勾玉を取り出した。


青年はその勾玉を自身の口の中へと押し込み、ゴクリと丸飲みにしてしまう。


用事が終わったように、少女には目もくれず青年はすぐさま歩き出した。


強張る体を動かして、青年を呼び止める。


「た、助けていただきありがとうございます!」


青年は立ち止まり、少し考えてから少女の方へ振り返った。


「なんの、話」


キョトンとした様子の青年。

少女を助けたつもりではないらしい。


少女は気にせず話し続ける。


「よ、よければ私に着いてきてはくれませんか。病を患っている母のため、薬草を採りに来たのですが、さきほどのこともありとても不安です……。お礼はしますので、どうか護衛として雇わせてはいただけないでしょうか」


頭を深く下げ、少女は精一杯の誠意を見せる。


「ムリ」


しかし青年はあっけなく断ってしまう。


少女は「お願いします」と再び頼むが、青年の心には響かず同じように断られる


挫けず少女は何度も繰り返すが、青年の返事も同じく繰り返し、さらにいえば青年の声色も少しずつ不機嫌な様子になっていく。


「黙れ!!」


十を超えるタイミングで、ついに青年は堪忍袋の緒が切れたのか、頭を巨狼に変化させて少女に食らい付こうとした。


最後まで諦めず頭を深く下げたまま、少女は二度目の死を悟る。


…同時に、青年の巨狼の頭を、紅白色のなにかが蹴飛ばした。


「よもや大人しくしている筈も無いと思うたが、人の子、更に言わば女子を喰らわんとしていたとは」


大きな翼と、長く赤い尾を持つ、言葉を喋る鶏が青年の頭の上に降り立つ。


「までらァ……」


「マテラだ。次間違えれば目玉を啄んでやる」


大きく速く鼓動する心臓を抑える少女をよそに、青年と鶏は話を続ける。


「どうせ時間はあり余っている。童一人の願い一つ叶えてやれんでこの旅が終わる訳なかろうて」


「…めんどう。そもの話、もくてきは“剣”だし」


マテラと呼ばれる鶏が青年の顔を踏み付ける。


「阿呆が。貴様はツクヨミノミコトに何を命じられた?第一に凶星の駆逐、そして第二に人々を導くことだ。そもそもを言うのであれば、本来の目的は地上を救うことだろう」


青年は頬を膨らませ、不満げな表情を見せるが、溜息をつきながらも立ち上がった。


「…ツミ。お前は?」


青年──ツミが不機嫌な口ぶりで少女に問い掛ける。


「あっ……私はヒメと申します。母、クシの為、この森にある、川の上流に生える薬草を採りに行くまでと、その帰路の護衛として、雇わせていただきます」


ヒメがぺこりとお辞儀をする。

これで安心して薬草を採って帰れると安堵するも束の間、ツミがヒメを雑に担いだ。


「こらツミ。女子をそう乱暴に扱うな」


マテラの説教を無視して、ツミがヒメに目的地の方角を聞く。


「えっと、ここから南西の方に──」


言い終わるが早いか、碌に返事もせずツミは走り出した。


景色が風のように過ぎ去り、顔面を襲う強風がヒメの頭巾を乱暴にめくる。


「…シタ噛むから、気を付けろ」


あまりにも遅い忠告に、ヒメは思わず後悔の念を抱いてしまった。

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