テラーノベル
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空間が激しく歪み、机や椅子が粉々に砕け散り、足元の床が崩落していく。
私は一歩、前へ進む。
夢の崩壊という名の激流に抗いながら、現実という名の戦場へ戻るために。
「エカテリーナ!」
崩れる世界の端から、母が必死に手を伸ばしてきた。
その手を取ってしまいたいという強烈な衝動。
だけど私は、もう一方の手でその腕を、強く払い除けた。
「私は──前に進まないといけないから、ごめんね」
現実へ。
ダイキリとアルベルトのもとへ。
そして、すべての元凶である父と、その黒幕の元へ。
床が完全に砕け散った瞬間、私の身体は猛烈な落下感に包まれた。
重力が戻り、肺に冷たく湿った現実の空気が流れ込む。
意識が急速に覚醒していく。
目を開ければ、そこは腐った泥と鉄の臭いが立ち込めるスラム街だった。
隣には、アルベルトとダイキリがいた。
二人とも肩で息を弾ませ、現実に戻ったことへの困惑と安堵が入り混じった表情を浮かべている。
彼らもまた、自らの幸せな偽物から、自力で這い上がってきたのだ。
「無事でしたか!」
アルベルトが、いつもの冷静さをかなぐり捨てたような安堵の色を見せた。
「お姉さん! 今なら……っ、アルベルトさんがお父さんに致命傷を与えてくれたおかげで、トドメを刺すだけです!」
ダイキリが叫ぶ。
私は頷き、周囲を見回した。
そして、数メートル先の泥濘に倒れている人影を見つけた。
父・ブロンクスの姿だ。
全身に無数の切り傷を負い、血が噴き出している。
魔法を強制的に破られた反動か、その呼吸は浅く、表情は苦痛に歪んでいた。
「エカテリーナ……」
父の濁った目が私を捉えた。
そこには剥き出しの憎悪があったが
それ以上に、私の覚醒に対する驚愕と悔しさが強く滲んでいた。
「お前が…この夢から……抜け出せるわけ、が……っ……」
彼の声は弱々しく、死の影が濃く落ちている。
私は胸に残る母への想いと、内臓をかき乱されるような虚脱感に耐えながら、一歩ずつ前に出た。
(母との再会は……確かに、死ぬほど切なかった)
けれどそれは、私を絡め取るための偽物の幸福。
私が乗り越えなければならない、最後の試練に過ぎなかった。
今度は決して、目を逸らさない。
父の罪を裁くため。母の魂を正しく弔うため。
「終わりよ」
私は父を見下ろした。
彼の息遣いはもはや虫の息。
放っておいても長くは持たないだろう。
けれど、私は私の手で幕を引かなければならない。
「母を殺したこと。その心を壊したこと。許すつもりなんて、微塵もないわ。絶対に」
自分の声が、自分でも驚くほど冷徹に響く。
「貴方が望んだハッピーエンドじゃなくて…残念だったわね」
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