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「兄じゃーーー!!関羽の兄じゃーーー!!」


住み処へ着いた、張飛は、叫びながら馬から降りるも、気の焦りと動揺から、足がもつれて転がり落ちた。


「おおおあっーー!!!」


今度は、腰を打ちつけた痛さがたまらず、叫んだ。


外からの野獣の声に、兄貴分の関羽が、ゆったりとした足取りではあるが、顔をしかめ住み処とする庵から出てきた。


「何事だ。騒がしいぞ!張飛!」


「あ、兄じゃーーー!!」


地べたに転がる、弟分の姿に、ただ、酔っぱらっての事とは思えず、関羽は訳を急かした。


もしや、敵に、見つかったか──。


小さな庵で、静かに暮らしているのには、訳があった。


先の、小競り合いで、拠点を終われた。いや、そもそも、遡れば、そうなってしまった要因、宿敵、曹操の命を、主君、劉備が受けたのがいけなかった。


とはいえ、自ら皇帝を名乗り、栄華を極める、逆賊、袁術《えんじゅつ》討伐の命。


それを断る理由は無く、民の為に、平定の為にと、劉備は、曹操側の連合軍に参加したのだった。


袁術を討ち取り、事は収まるが、さて、そこで劉備が反旗を翻す。


曹操と手を組み、連合軍側にいる必要が無くなったからだ。


当然、曹操は、劉備を討伐しようと動くが、運は劉備に味方したように見えた。


なんとか、派遣された兵達を打ち破り、いざ、と、立ち上がったが、今度は曹操自ら劉備討伐に出向いた。


そして、惨敗という、結果になってしまったのだ。


劉備達は、命からがら逃げだして、追っ手を逃れ、ここ、沛郡《はいぐん》の片田舎にある、庵で時を見ている。


悔しくはあるが、曹操に軍配が上がり、劉備との決着は一応ついている。当面は、ここで息を潜め、拠点である豫州で、再び牧《ちょう》として、返り咲けるかどうか、その機会を狙っていた。


いわば、ほとぼり冷まし、と、いったところであるが、曹操という男も侮れない。


「張飛!何を見たのだ!」


「あ、兄じゃーーー!!おなごじゃーーー!!」


……おなご。


敵襲ではないのか、と、関羽は、呆れた。


「関羽の、兄貴よぉー!ワシは、どうしたら良いのだろう」


「どうせ、いつものように、酒場の女に、惚れた腫れただと、そんなことであろう。はよう、馬を馬屋へ連れて行け」


「おお、そうじゃ、馬に、馬に、乗せたのじゃ!兄じゃ!」


張飛は、立ち上がると、赤ら顔を、興奮から、更に赤くして、関羽に詰め寄った。


「それがまた、困ったことに……」


「ああ、わかった、わかった。だがな、張飛よ、お前、町の視察とかこつけて、酒浸りは、よくないぞ。だから、くだらんおなごに手玉に取られるのだ」


ああ、お前は、追われている身ということを、忘れて過ぎているのではないかと、張飛は、愚痴りながら踵を返す。


「……確かに、その通りではあるのだが、まさか、あの、おなごが、夏侯淵《かこうえん》の屋敷の者とは、知らなんだ……」


「そうか、そうか、夏侯淵か……な、何っ!!」


驚く関羽に向かって、張飛は、兄じゃーーー!!と、大泣きした。

乱世の刀自(とじ)

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