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16年目のKiss

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16年目のKiss

19 - 6.捨てられない、母親の私 -1

♥

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2024年09月01日

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匡の部屋から帰る時に言われた。

「16年前のことを許せなくていいから、もう一度俺を愛してほしい」と。

「許せないほどの気持ちじゃなかったわ」

私は敢えて、酷い言葉を浴びせた。

匡の私への想いが気の迷いじゃない、本気だとわかったからこそ、半端に気を持たせるようなことは言えなかった。

匡は知らない。

私の結婚式は、匡の結婚式の半年後だった。

元旦那の|紀之《のりゆき》に結婚をほのめかされたとき、私は迷った。

そして、迷いながら帰省した。

そこで、匡が結婚すると人伝てに聞いた。

ふーん、と思った。

それだけだった。

それだけで、私の答えが決まった。

私は紀之と結婚し、社長夫人となった。

名ばかりだったけれど。

匡のせいにする気はない。

きっかけの一つであったことは確かだけれど。

たいして親しくもなかった同級生が結婚したと聞いて、漠然と結婚願望が湧くのと同じ感覚だった。


匡の結婚にショックを受けたわけじゃない――!


告白の日から、毎日のように連絡がきている。

メッセージだったり、着信だったり。

その一切に、私は何のリアクションもしていない。

これ以上は、ダメだ。

本能がそう告げている。

一度は本気で愛した男を拒めるほど、今の私は強くない。

ヴヴッと唸ったスマホを横目で見て、視線を戻す。

「事務……。パソコン習うのが先かなぁ」

求職サイトに目を凝らし、独り呟く。

もう何日、こうして同じことばかり繰り返しているのか。

居候としてせめてもと思って私が家事をするようになり、母の方がパートの時間を増やしてしまった。

ついでに、父を私に任せて週に一日、夜のカルチャースクールに通いだした。

「千恵がいてくれて助かるわ」なんて言われると、少し、いやかなり複雑だ。

早く働きに出ろと言われるよりはずっといいのだろうけれど、気遣われているのもつらいものだ。

とはいえ、いつまでもこのままでいいはずがない。

いい加減、選り好みせずに仕事を決めるか、腰を据えられる職に就くために資格を取るなりなんなりしなければ。

はぁっと深いため息をついて目を閉じた時、またヴヴッとスマホが震えた。

頬杖を突きながら、スマホを持ち、顔認証でロックを解除する。

やはり匡からだった。

彼からの連絡を無視して、家に引きこもってから一か月が経とうとしている。

ニュースでは関東の梅雨入りが発表され、札幌でも日中は洗濯物がよく乾くような好天が続いている。

「相変わらず、しつこいんだから」

ここまでくると、執念深いという表現の方が相応しいだろう。

〈生きてるか?〉

「縁起でもないこと言わないでよ」と、送られてきたメッセージにぼやく。

既読はついているのだから、わかっているだろうに。

最初は既読もつけていなかったのだが、ふと既読スルーの方が私の気持ちが伝わるのではと思い直した。

メッセージに気づかなかった、よりも、返事をする気がない、方が諦めてくれるだろうと。

だが、一方的なメッセージは続いている。

〈死にたくなったらおしえて〉

「なんつーことを……」


死ぬ前に一発ヤろーぜ、とか言うつもりじゃ――。


〈一緒に死ぬから〉

「……っ!」

何馬鹿なこと言ってんの、と笑えばいい。

ふざけたこと言うな、と怒ればいい。

「なんで――っ」

どうして涙が出るのか、わからない。

頬が顔を洗った後のように濡れ、顎から滴る涙でスカートにいくつも染みができる。

子供みたいに、ヒックヒックと喉を鳴らし、私は泣いていた。

追い詰められているなんて感じていない。

今は無理でも、一生子供に会えないわけじゃない。

無力でも、できる仕事がないわけじゃない。

人生を悲観するにはまだ早い。


わかってるのに――――っ!


ジリリリリンッと着信を告げる黒電話の音がして、一瞬呼吸を止めた。

はっと小さく息を吐き、ティッシュの箱に手を伸ばす。

乱暴に涙を拭いて、その間も鳴り続くスマホを顔の高さに持ち上げた。


匡……。


金曜の午後。

普通なら仕事をしている時間。

私は匡の名前を表示し続けるスマホをじっと見ていた。

出ちゃだめだ。

どんなに出たくても、だめ。


縋っちゃだめだ。


ふっと匡の名前と着信を知らせる受話器のマークが消え、代わりに不在着信の文字が浮かぶ。

あ、と音のない声が出た。

出なかったくせに、残念がるなんて。

はあぁっとため息をついて、もう一度涙を拭く。顔が痛い。

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