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依然としてカーネは現実では好意を伝えるような事はしていない。彼女の真意を知らぬが故に有頂天になっているメンシスも別段態度を変えなかった為、二人は相変わらず両片想いに近い状況のまま数週間の時が流れ、ソレイユ王国にも緩やかに冬の足音が聞こえ始めたとある休日。二人仲良く料理をし、朝食を済ませ、食器の片付けを終えた二人は揃って一息つく事にした。この頃のカーネはもう変に肩に力が入った状態にもならず、彼の目の辺りを見て話をする事も出来るようになってきたおかげで、至って穏やかな『日常』をすごせている。ララは庭にあるツリーハウスに籠っており、リビングには今、カーネとメンシスが二人きりの状態だ。
新聞を片手に『一緒に読みませんか?』とメンシスに訊かれ、今は早朝に届いた新聞をテーブルの上に広げて一緒に見ている所である。彼女は文字の大半は難なく読める。が、経済関連の記事だとカーネには読めない単語がたまにあったのだが、メンシスがすぐに気が付いて読み方や意味を教えてくれる。そんな積み重ねをしながらもうすぐ主要な記事は読み終えるかといった頃、不意にカーネは隅にある訃報欄が目に入った。一瞬だったが、五大家の一つであるアリエス公爵家の名前があった気がする。
(……いやいや。流石に気のせい、だよね?)
カーネは心の中で否定はしつつも、訃報欄にちらりと視線を戻した。するとそこには、間違いなく五大家の一角であるアリエス家の当主が病死したと書いてあった。
「……っ」
(“聖痕持ち”の健康管理は、過剰な程に徹底されているはずなのに……何故?)
「どうかされましたか?」
彼女の顔色が悪い事に気が付き、メンシスがカーネに心配そうな様子で声を掛ける。「あ、いえ……」と言ってカーネは咄嗟に頭を横に振ったが、彼には通じるはずがなかった。
「もしかして、知っている方が亡くなった、とか?」
「いいえ」とカーネが再び、ハッキリ否定する。同じ五大家の出身であるとはいえ、会った事も見た事もない相手なので嘘ではない。
はっきりと否定されたが、明らかにカーネの挙動がおかしい事を不思議に思い、メンシスも記事に目を落とす。そして訃報欄にある名前に気が付き、すぐに全てを察した。
(あぁ……ロロの誘導が成功した様だな)
表情は変えずにメンシスが心の中だけでほくそ笑む。また一人、ルーナ族視点で言う所の“スティグマ持ち”がこの世を去ったからだ。
だが、カーネに直接手を下した事で無自覚のまま返り討ちにあって死んでいった“五人の罪人”達はもう全て死に絶えたが、残念ながら断罪したい罪人共の魂を持つ者はまだ他にも数多く残っている。
過去世で、聖女・カルムの血を飲んだ神官だった者達だ。
現在生まれている者もいるが、まだ誕生していない者もいる。この約五百年の間に始末しておき、事前に出来る限りだけでも“聖女の力”を取り戻しておいてやれたらメンシス達の生き甲斐にもなって良かったのだが、体と共に砕かれた“祝福”が戻る器が無い事には何も出来ず、そのせいで“五大家”をのさばらせておく羽目になった。
——だが今は、“カーネ”が居る。
器がある。
強く願い、想い、『カカ様のモノダ。返セ、返セ返セ返セ——』と一心不乱に行動するロロをメンシスは一度も止めず、その結果は新聞に載った通りだ。
当主の死因は『病死』となってはいるが、実際には衰弱死だった。夢で、起きている時は耳元で、延々とロロから呪詛の様に過去世での失態と今世での愚行を囁かれ、幻覚をも見せられ続けて精神を病んだ結果でもある。
どうせ放置していても“スティグマ持ち”達はいずれ“聖痕無し”だと自分達が卑下していた血族達に殺されていただろう。それ程までに彼らは愚行を重ね過ぎた。だが、その手を血で染める事を厭わないロロは、『死ぬべき時ガ、奴には少し早く来ただけダヨ』と言い、ニヤリと笑って次の標的の元へと向かったそうだ。
(ホント、今世では全てを取り戻すのは不可能なのが悔やまれるな……)
だが、別段焦る必要は無い。多彩な才能を秘めていたから授かった“祝福”だ。決して“祝福”のおかげで彼女が特別になった訳じゃないから、奪われたモノが戻ろうが、失われたままであろうが、今世でも秘めた才能があろうがなかろうが、メンシスのカーネへの愛情は決して変わる事はない。
「……新聞、まだ読みますか?」
メンシスにそう訊かれ、カーネが頭を横に振る。
「いいえ。もう充分です」
「そうですか」と告げて、メンシスがニコッと微笑む。『いつか、どれだけの時間が掛かろうが、私達が全てを|取り戻して《殺して》あげるね——』と仄暗い想いを抱きながらメンシスは、テーブルの上に広げていた新聞をそっと閉じた。アリエス家の当主の訃報のすぐ隣にはカーネを裏路地へと連れ去った神官が『将来を悲観して自殺した』との記事が並んでいたのだが、名も知らぬ神官の死亡を彼女が知る事は生涯無いだろう。