あれから、2年半か。俺と3匹の生活は問題無く毎日を過ごしていた。
その日までは。
ハァハァ…………ハァ……ブフブァァァ!!
「おい…………」
蚊が…………刺して来やがッ…………
南欧の諜報員・スキフォ。
スパイに親友は居ないが、こいつとは気の合う関係だった。朝まで飲んだ事も1度や2度では無い…………
女性の尻ばかり追いかけていたが、仕事の感性はズバ抜けてたからなぁ……そいつが…………
「蚊が刺す」……………隠語だ。
意味は……
裏切り、襲撃。
俺は、通信を切る。そしてベッドの、いつもは心地良いマットを剥ぎ上げる。3匹も、何か異変に気付いたようで、俺の廻りを囲む。
マットの下には多数の銃、10数種類のパスポート、幾つもの通信機器、札束…………俺はそれらをバッグに詰め込む。
表に出る。自家用車はリスクが高い。かと言って公共機関やタクシーも監視されているかも知れないし、仕込まれている可能性もある。
手っ取り早いのは、申し訳無いが他人の車だ。これだとリスクは低い。俺は少し離れた所でコンビニに行く為、アイドリング状態で停車していた車を拝借する。
目指すは空港。既に幾つかのパスポートで席を確保している。
しかし…………その行動は既にバレていた。
ピークが盗んだ車は発進前の時点で、あっという間に多くの黒い車に囲まれる。ピークは車を捨てて、部屋へと戻る。部屋に戻るもリスクは高い。
しかし、部屋に侵入したのであればトラップが発動する。また爆薬が仕掛けられているのなら、火薬の匂いでタマが気付く。タマの動きに動揺は見られない。
家はホームだ。ホームゲームでは俺に分がある。
トラップを解除してエレベータに乗り、部屋に戻る。
3匹も部屋に入った所で、再びトラップをセットする。
方角的には、南側に入り口のドアがある。
ミケは西の表通りが見える窓際から監視。
ノラは盾の奥、北側で臨戦態勢。
タマは南東で匂いを嗅ぎ分ける。
ピークはベッドのマットを立てたままその後方で待機。マットの底は防弾仕様になっており、ブローニング M2 .50口径重機関銃(通称・M2)までなら、何とか防いでくれる。
ミャオ……
低い声で、ノラが連中が近づいて来た事を知らせる。
無表情のバイザー越しに覗く光…………
ミケが、窓際の淵を叩く。
コッ、コッ、コッ……
車を降りて隊列を成す連中の数、およそ30名。
ピークは逆算。この部屋に侵入出来るのは10名前後。VRX-09 フレイムレインを装備する。
グォーーン……
エレベータが作動した。
第1のトラップ発動。
プシュウゥッ……。
無色の霧が床に沿って流れ込む。敵兵士たちは銃を構える間もなく、膝が勝手に折れて床に崩れ落ちた。
ネフリウムガス――神経を狂わせる霧。苦痛はない。だが、四肢は自分のものではなくなったように震え、痙攣し、銃口はただカタカタと無様に揺れるだけだった。
階段を使う連中。
カチリっ
階段の踊り場に仕込まれた装置が赤く瞬いた次の瞬間――耳を裂くような超音波が狭い空間を震わせた。
敵兵は一斉に耳を押さえ、平衡感覚を失って次々に段差を転げ落ちていく。
ノラの耳もピクリと震えたが、シンパシーネックが音域を遮断していた。
ガチャ……ドバア―――――――ン!!
「白兵戦!白兵戦だ!!」
勢い良くドアが開く。下手に鍵など掛けずに敢えて入り易くする。同時にミケ、煙幕発動。立て続けに4本の白煙が連中に向かって奔る。壁際から、ノラ。ブレードから火花を放ちながら天井を、そして壁を駆け巡り、相手に向かって突っ込む!
特攻!!
次々と喉笛を切り裂いていく。タマもフェイスガードを装備、嗅覚で敵を追尾しながら、連中に攻撃を仕掛ける。
倒れていく連中。それを越えて新たな奴らが襲い掛かる、第2陣。ミケの白煙が再び線を描く。
タンッ
ピークは、黒光りするプレーントゥ、フランス老舗の革靴ブランド・Veyronne(ヴェイロンヌ)の踵を床に打ち付けて鳴らす。
一旦、猫達は後方に飛ぶ。
それを確認したピークは、フレイムレインを連射。後方に弾ける連中。銃火と血煙が、この1部屋を地獄に変えていく。
第3陣、4陣、そして5陣!!!
幾度となく連中の俺達に対する波状攻撃は続いたが、徐々に劣勢となり、最後には血と煙だけを残し、連中は諦めて退散した。
ドアの向こうに残響だけが漂う…………
この、狭苦しい一室…………
俺達の勝利だ。
…………………………
「No room to swing a cat」
意味:「ノールーム トゥー スウィング ア キャット」とは、部屋や空間が非常に狭い、窮屈だ」という意味の慣用句。
例:日本語で「猫の額ほどの広さ」と同様、身動きが取れない程、狭い場所を表す場合に使われる。
…………………………
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