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第9話「雪の中のシマエナガ」
それは真冬、琴葉が一人で訪れた北の町だった。
人影もまばらな駅前。風が吹き抜け、雪が斜めに舞っていた。
慣れない寒さのなか、琴葉はうずくまるようにベンチに座っていた。
涙を流した理由は覚えていない。ただ、胸の奥がひどく冷たくて、温かいものを探していた。
「……泣いてた?」
声がして顔を上げると、そこには少年が立っていた。
白いコート、雪と同じようなふわふわのフード。
髪は銀白で短く、顔立ちは幼くも中性的。
首にはマフラーではなく、小さな羽根が織り込まれたスヌードが巻かれていた。
「君、雪に似てるね。きれいなまま、泣くんだ」
「……誰?」
「シマエナガだよ。擬人化、してみた」
少年はやわらかく笑った。
「君、ずっと寒そうだったから。
このあたりにいる鳥の中で、いちばん君に近いと思って来てみた」
彼はゆっくり隣に腰を下ろす。体温は低くないのに、どこか雪のような静けさをまとっていた。
「わたし……誰かに何かをもらうのが、まだちょっと怖くて」
「うん、でも。ぼくは“あげる”って言わない。
ただ、“そばにいる”って言うだけ」
琴葉はその言葉に、ほんの少し心が解けるのを感じた。
「……じゃあ、いるだけでいい?」
「うん。いるだけで、君がちょっとあったかくなるなら、それでいい」
シマエナガの少年は、ベンチの上に手を置いた。
そっと、そこに琴葉の指が重なる。
触れても、羽根のように軽い。けれど確かに“あたたかい”がそこにあった。
「きみの涙、雪と混ざって落ちてた。だからたぶん、あれももう、冷たくはないよ」
ふわりと笑った彼のまつげに、小さな雪が舞い降りる。
それは、春よりも先に訪れた、真冬の恋の気配だった。