テラーノベル
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昼休みの終わり。
教室の空気は、いつもよりざわついていた。
おらふくんは、自分の席でじっと前を見ている。
机の上には、まだ開いていない教科書。
後ろの席から、くすっと笑う声がした。
「……また一人?」
聞こえた気がしたけど、振り返らない。
振り返ると、何かが始まる気がして。
消しゴムが、ころん、と床に落ちる。
拾おうとすると、足で軽く蹴られた。
どこへ、とは分からない程度に。
「……あ、ごめん」
謝っているのに、声は笑っている。
おらふくんは何も言わず、
別の消しゴムをカバンから出した。
胸の奥が、じんとする。
でも、顔には出さない。
出したら、負けたみたいになるから。
チャイムが鳴る。
その瞬間、
机の中に入れていたノートが、少しずれていることに気づいた。
破れてはいない。
落書きもない。
ただ、
勝手に触られた感じだけが、残っていた。
放課後。
今日は、おんりーが先に用事があると言っていた。
準備室には、一人。
ドアを閉めると、ようやく息ができた。
「……はぁ」
壁に背中をつけて座る。
指先が、少し震えている。
教室では平気なふりができても、
ここでは、できなかった。
しばらくすると、廊下から声が聞こえる。
「さっきの見た?」
「やっぱさ、ああいうのさ……」
名前は出ていない。
でも、自分のことだと分かる。
おらふくんは、膝を抱えた。
心臓の音が、うるさい。
誰も、見ていない。
誰も、止めない。
――いつものこと。
それでも今日は、
「校舎裏に行きたい」と思わなかった。
ここにいればいい。
そう思えたから。
コンコン。
小さなノック音。
「……いる?」
おんりーの声。
おらふくんは、一瞬、迷ってから答えた。
「……いる」
ドアが開く。
おんりーは中を見て、すぐに何も言わなかった。
泣いてはいない。
でも、空気が少し違うことに、気づいたみたいだった。
「……今日は、静かだね」
それだけ。
おらふくんは、うなずく。
「……うん」
聞かれない。
でも、気づかれている。
それが、少しだけ救いだった。
おんりーは、いつもより少し近くに座った。
触れない距離。でも、逃げない距離。
「……昼、裏行く?」
「……ううん」
「そっか」
それ以上、何も言わない。
でも、
そのあとおんりーは、帰るまで立ち上がらなかった。
見ていない時間に起きたことを、
言葉にしなくても。
見ている時間が、ちゃんとある。
それだけで、
今日は、耐えられた。
次の日、
それは、ほんの些細なことから始まった。
朝、教室に入ると、
おらふくんの机だけ、少しだけ位置がずれていた。
誰かが動かしたのが分かる程度。
でも、先生は気づかない。
おらふくんは何も言わず、椅子を引いた。
「……あれ?」
後ろの方で、わざとらしい声。
笑い声が、二つ。
振り返らない。
振り返らなければ、続かないこともある。
けれど、その日は違った。
授業中、ノートに何かが落ちてきた。
消しゴム。
それも、さっき使っていたものじゃない。
拾わない。
拾ったら、また何かが起きる気がした。
チャイムが鳴る。
「……あ、忘れ物」
誰かが言って、
机の横を通るとき、足が椅子にぶつかった。
ガタン、という大きな音。
「ごめーん」
謝る声は軽い。
周りの何人かが、くすっと笑う。
おらふくんは、何も言わなかった。
ただ、指先が冷たくなった。
昼休み。
いつものように、裏へ向かう。
今日は、早めに。
パンを持つ手が、少し震えていた。
食べている途中、
遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
気のせいだと思うことにする。
でも、胸がざわついて、
最後まで食べきれなかった。
放課後。
準備室に入ると、誰もいない。
今日は、おんりーは遅くなると言っていた。
ドアを閉めた瞬間、
力が抜けて、そのまま床に座り込んだ。
「……」
涙は出なかった。
でも、喉の奥が、ひどく痛い。
さっきのこと。
朝のこと。
全部、思い出したくないのに、浮かんでくる。
――明日も、続くのかな。
そのとき。
廊下で、誰かが言った。
「今日さ、やめとく?」
「めんどいし」
別の声が、笑い混じりに答える。
「だな」
足音が遠ざかる。
理由は分からない。
飽きただけかもしれない。
先生が近くにいたのかもしれない。
でも、
その日は、そこで止まった。
おらふくんは、しばらく動けなかった。
コンコン。
「……いる?」
おんりーの声。
「……いる」
ドアが開く。
おんりーは一歩入って、すぐに立ち止まった。
いつもと、違う。
おらふくんは泣いていない。
でも、背中が丸くて、
視線が、床から動かない。
「……今日は」
おんりーは、言葉を選ぶみたいに、間を置いた。
「……疲れてる?」
おらふくんは、少しだけ首を振る。
でも、否定しきれない動きだった。
おんりーは、それ以上聞かなかった。
ただ、いつもより近くに座る。
机一つ分あった距離が、
半分になる。
「……昼、あんまり食べてなかったでしょ」
気づかれていた。
「……ちょっと」
「そっか」
責めない。
理由も聞かない。
でも、おんりーは、今日は立ち上がらなかった。
帰る時間になっても。
「……明日さ」
ぽつりと。
「俺、教室いる時間、増えると思う」
理由は言わない。
でも、目はまっすぐだった。
「……邪魔なら言って」
おらふくんは、首を振る。
「……邪魔じゃない」
その声は、少しだけはっきりしていた。
おんりーは、それを聞いて、ほんの少しだけ安心した顔をした。
いじめは、止まったわけじゃない。
ただ、その日は、やんだだけ。
でも、
誰かが気づいてくれた。
心配してくれた。
それは、
おらふくんにとって、初めてのことだった。
準備室の電気は、今日も静かに灯っていた。
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