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……あやつって、仮にも、守満《もりみつ》様は、少将なんですけど……と、崇高《むねたか》に、言い返したい常春《つねはる》だったが、野次馬の目がある。これ以上、下手な騒ぎを起こすと、大納言家の面目が……などなど、結局、屋敷仕えの癖がここでも、邪魔をして、えーと、と、口を濁すことしかできない。
とはいえ、残念なことに、そんな常春の、葛藤など、誰も気に止めていなかった。
皆は、立ち往生している牛車《くるま》に、興味津々で、何処の姫君か、などと、詮索している始末だった。
そんな、わいわい騒ぐ野次馬の、収集がつかない所へ、モオーと、何か、聞き覚えのあるような無いような、とにかく、ばかでかい、牛の鳴き声がして、ドドドと、地響きがする。
「ありゃ、若、ではないか!」
髭モジャが、叫んだ。
その叫び通り、なんとなく、ご機嫌に見える、牛──、若が、引く、車が勢いよくやって来る。
「……そんなに、髭モジャ殿と、会えたのが嬉しいのか……」
常春も、唖然としつつ、しかし、その横で、守満が言った。
「なあ、常春、若、ということは、あの車は、父上がお乗りということではないか?」
「あっ!確かに、そうです!あの車は!」
二人は、顔を見合わせた。
つまり、守近は、出仕事で禁中へ上がり、そして、例のゴタゴタをまとめて来た、と、いうことなのだ。
「……なあ、常春。早すぎないか?」
「ですね。あれだけの事を、どう、収めてこられたのでしょう?」
不思議を通り越し、不審に思う二人の前に、牛車が、止まった。
「おお、髭モジャか、あー、若を、なんとかしておくれ、目が回りそうだよ」
車の乗り口、後ろ簾の隅から、守近が、ひょっこり顔を覗かせる。
「あ、ありゃ、いや、これは、また、守近様、若が、申し訳ありませんで!!」
慌てて膝をつく、髭モジャに、
「いや、構わんのだけどね、牛飼いが、ほれ、必死に走って来ておるのだけど?若は、髭モジャや、お前にどうしてそこまで、懐いておるのかねぇ?」
守近は、少しばかり、息を荒くしながら、問うていた。
若が、いきなり走り始め、いわば、暴走してしまった車の揺れに、守近は、参っていた。そして、その勢いに、ついてこれず、傍で牛の様子を見守る、牛飼い達が、後方に取り残され、追いかけて来ているのだった。
「若や、車は、乗る方の安全をまず考えて引かねばならぬ。ワシを見つけたからと言って、喜んではいかんのだ。どのような時でも、お役目を忘れてはならぬぞ」
髭モジャは、若へ歩み寄ると、牛の心得を説教した。
若は、言われていることがわかるのか、頭をさげて、しゅんとしている。
「しかし、以心伝心過ぎるのではないか?」
「私も、そう思います。守満様」
呆けている二人へ、守近から、声がかかった。
「おや、どこかで見たことのある、おのこ、じゃないか。して、これは?」
場の有りように、守近は、首をかしげている。
「あっ、これは、父上、こちらの牛車の具合が悪くなり、進めなくなったのです」
守満から、説明を受けて、ふーんと、どこか、気のない返事をした、守近は、
「で、お前はどうするつもりだ?」
「そんなの簡単じゃないですか。車を交換すればよいだけですよ。はい、守近様、降りてください。そして、あちらの車にお乗りの方々をお乗せしてさせあげれば、済むだけでしょ?こんな所で、車が二台も、止まっていたら、通行の妨げになりますよー!」
守満に、変わり、なぜか紗奈《さな》が、答えていた。後ろには、おばあちゃん達を引き連れて。
「おお、紗奈姉《さなねぇ》様のお言い付けとあらば、聞かねばならまいて」
守近は、追いついて来た、牛飼い達へ、指示をだす。
そして、
「守満や、彼方の姫君へ、お伺いをたてなさい」
と、どこか、意味深に言った。
突然現れた、紗奈の考えに守満は、なるほどと、思いつつ、父に命じられるまま、相手方の車へ向かっていく。
「さて、どうなりますかねぇ」
守近は、息子の後ろ姿を見守りながら、後ろ簾の影で、小さく笑った。