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こんにちは! カエデです!
魔神の腕を退けた(?)数日後。
私たち三人は、街道沿いの宿場町にある酒場で、
遅めの昼食をとっていました。
「ん〜っ! この串焼き、お肉がぷりっぷりで美味しい〜!」
「……カエデはホント何でも美味しそうに食べるよね」
ツバキも包帯(眼帯)越しに、少しだけ微笑んでくれました。
ローザさんは今日も、昼食そっちのけで『カメリア聖典』の執筆に命を燃やしています。
平和だ。ひとまず平和な旅路だ。
──そんな風に思っていた、その時でした。
「……おい、聞いたか? ラウワ王国が、ついに『魔王軍』の手に落ちたらしいぞ」
「無血開城らしいぜ。王国に攻め入った魔王軍の幹部(鬼の女)が、王に『10億リフル』の請求書を突きつけて、論破したそうだ」
「しかも街を占拠した後、ゴミの分別を徹底させているらしい。分別しないとドラゴンにスクリューされるってよ……」
隣のテーブルの商人たちの噂話に、私たちは思わず顔を見合わせました。
「……ねぇ、ツバキ」
私は串焼きを咥えたまま、真顔で言いました。
「請求書でマウント取って、ゴミの分別に厳しい鬼の女……。なんか……すごく、既視感がない?」
「……言わないで。私も今、背筋に嫌な汗かいてるから」
私たちの脳裏に、かつて東京のワンルームで、
「プラゴミは洗ってから捨てろって言ってんじゃん!」とプロレス技をかけてきた、黒髪ロングの親友の顔がフラッシュバックしました。
「あはは! サクラみたいだね! サクラもよく『残業のストレス代、会社に請求書送りつけてやる!』って怒ってたし!」
私がのんきに笑うと、ツバキはふっと目を伏せ、悲しそうに笑いました。
「……そうだね。サクラなら、魔王くらいやっててもおかしくないけど……」
「……うん」
私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられました。
──サクラは、死んだのです。
ある夜、突然に。
信じられないような、あの子らしいバカみたいな理由で。
でも、遺された私たちにとっては、ただの冷たくて重い現実でした。
雨が降る、お葬式の日。
いつもなら「湿気で前髪が死ぬ!」って騒いでるはずのサクラが、花の中に埋もれて、信じられないくらい静かに目を閉じていました。
私とツバキは、ただ冷たくなったサクラの手を握り合って、震えながら声を殺して泣くことしかできませんでした。
サクラのいない世界は、急に色を失ったみたいに静かで、広くて、寒かった。
バカで、無茶苦茶で、いつだってトラブルの中心で大笑いしてトラブルを拡張してた。
無理やりにでも私たちの手を引いて、どこまでも連れ回してくれた、一番大好きな幼馴染の親友、家族。
「サクラ……会いたいなぁ……」
私がポツリと呟くと、ツバキも「……ほんとだね」と小さく頷きました。
──ドンッ!!
突然、ローザさんが立ち上がり、テーブルを両手で叩きました。
「なんという恐ろしき魔王軍……! 暴力ではなく、『資本主義』という理不尽で国を乗っ取るとは! 聖女様! 急ぎタマイサへ向かい、その邪悪なる鬼の女を浄化せねばなりません!!」
「えっ……私が……?」
ツバキが絶望で頭を抱えた、その時でした。
バサバサバサッ……!!
突如、酒場の外が異様に暗くなりました。
窓の外を見上げると、空を「巨大な黒い影」が覆い尽くしていたのです。
ズゴォォォォォォォンッ!!!!
酒場のすぐ前の広場に、盛大な土煙を上げて巨大な黒竜が墜落しました。
地面が大きく揺れ、酒場の中がパニックになります。
「な、なに事!?」
「カエデ! ローザ! 行くよ!」
私たちが慌てて外に飛び出すと、
すり鉢状にえぐれたクレーターの中心で、巨大なドラゴンが倒れていました。
「あの竜から強大な魔力を感じます! 魔王軍の刺客です! 聖女様、ビームを!」
「ローザ、ストップ! ちょっと待って!!
ドラゴンよ!?どう見ても魔王軍幹部クラスでしょあれ!?
むりむりむり!!」
ローザさんをツバキが止めている間、
私は気になってドラゴンさんに近付いてみました。
「あ、あの……どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「はぁはぁ……人間か……人間よ……頼みがある……」
ドラゴンさんは、とても苦しそうに言いました。
「は! はい! なんでしょう!」
「墜落の衝撃で、口に当てていた紙袋が破れてしまってな……。
我の腹の鱗の隙間に……
『予備の紙袋』が入っているのだが……
それを取ってくれるか……はぁはぁ……」
「お腹の鱗の隙間……あ! はい! ちょっと失礼しますね!」
私はドラゴンさんの懐を確認するために、かがみ込みました。
「ちょっ、カエデ!?
なんで躊躇なくドラゴンの懐に手を入れてるの!?
えぇっ!? ドラゴンってそんなところにポケットがあるの?
有袋類なの!?」
遠くからツバキの驚きの声が聞こえてきました。
ゴソゴソ……ゴソゴソ……。
「ありました! 紙袋!」
「……うむ……は、はやく……それを被せてくれるか……」
ガサガサ……。
私はドラゴンさんの大きな口元(鼻先)に、紙袋を被せました。
「はぁはぁ……はぁはぁ……
はぁ……はぁ……は…ぁ……ふぅ……」
「あれ……? 紙袋を被せて?
……まさか過呼吸? ドラゴンが?」
ツバキが遠くから困惑しています。
「……はぁ……楽になった……。
助かったぞ、人間の娘よ。
我は竜王の辰夫……もとい、誇り高きリンドヴルム」
ドラゴンさんは「辰夫」といういぶし銀的な言葉を飲み込み、
自己紹介をしてくれました。
「分かりました!辰夫さんよろしくお願いします!
私はカエデです。いったい何があったのですか?」
「え、いや、辰夫じゃなくて……まぁいい……
我の主のパワハラが酷くてな……
恥ずかしい話だが、夜逃げして来たのだ。
その逃避行中に色々と思い出してしまい、
過呼吸を起こし墜落したというわけだ」
辰夫さんは遠い目をしました。
「……はぁ。今頃、どうしているだろうか。
我がいなければ、着替えのある場所も分からないというのに……。
サクラ殿は、今頃ひとりで……」
ピタリ、と。
世界から音が消えた気がしました。
「……え?」
「……今……なんて……?」
私とツバキの声が、重なりました。
足が縫い止められたように動かなくなります。
「……あの。辰夫さん」
声が、勝手に震え始めました。
「その……あなたのご主人のお名前……もう一度……」
「うむ。我が主は、恐ろしくも強き鬼の女で大魔王。
『お前の事情? 興味ねぇな。私は私の都合でぶん殴る』などと豪語する、理不尽の化身だ。
……名は──“サクラ”殿だ」
「……さ、くら……?」
ツバキが、よろめくように一歩前に出ました。
その目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ落ちています。
「カエデ……今、サクラって……」
「うん……うんっ……! ツバキ……サクラだよ……っ!」
私の視界も、あっという間に涙で滲んでいきました。
死んだはずの親友。
もう二度と、あの大声で笑い合えないと思っていた、大好きな親友。
心にずっと空いていた、冷たくて大きな穴が、一気に熱いもので満たされていきます。
「『都合でぶん殴る』って……ッ! パワハラでドラゴン追い詰めるサクラなんて、私たちの知ってるあのサクラしかいないじゃん!!」
ツバキが泣きながら叫びました。
「そうだよね!サクラだよね!?あのサクラだよね!?生きてた……っ! サクラ、生きてたんだ……っ!!」
私も叫びました。
「うわぁぁぁん!! サクラぁぁっ!!」
私とツバキは、巨大なドラゴンの前で抱き合い、子供のように声を上げてボロボロと泣き崩れました。
嬉しい。ただただ、嬉しかった。
何度も何度も、お互いの背中を叩き合いながら、生きていた親友の名前を呼びました。
この世界はめちゃくちゃだけど、神様、サクラを生き返らせてくれて、本当にありがとう。
──その光景は、誰が見ても心を打たれるような、美しくも感動的な再会の涙でした。
ローザさんも、空気を読んで静かにペンを置き、目頭を押さえています。
私たちを包む、優しくて、あたたかい余韻。
「……え? なに? なぜ泣いているのだ?」
しばらくして、辰夫さんが戸惑ったように顔を上げました。
「うっ……ひっく……私たち、サクラの親友なんです……っ!」
私が涙を拭い、鼻をすすりながら笑顔で言うと──。
「は? ……親友!? ……サクラ殿の!?
やはりこれは罠か!?」
辰夫さんの巨大な体が、ビクゥッ!と跳ね上がりました。
感動の余韻など知ったことかとばかりに、ドラゴンの瞳孔が極限まで見開かれます。
「ぐ……はぁはぁ……い……いかん……サクラ殿を……はぁはぁ……思い……出したら……はぁはぁ……また……過呼吸が……」
「あ! 紙袋です! 頑張ってください!」
私は泣き顔のまま、ササっと自分の持っていたパンの紙袋を辰夫さんに差し出しました。
「はぁはぁ……この紙袋……パンの匂いがする……
はぁ……はぁ……ふぅ……。
……サクラ殿から逃げてすぐに、サクラ殿の親友と出会う?
……ま……まさか……見ているのか?
どこかで見ているのかー!?
……し、死ぬのか……?
……我は死ぬのかー?……はぁはぁ……!!
す! すみませんサクラ殿!
洗い物は洗濯が終わったらやります!
いえ違います!
サボってるわけじゃなく、効率を考えてですねーッ!?」
ドラゴンさんが再び過呼吸をおこし、幻覚のトラウマと戦いはじめてしまいました。
「紙袋です! 頑張ってください!
……この追い込まれ方……間違いなく私たちのサクラですね……あッ……」
私がササっとドラゴンさんに紙袋を押し当てた時、
ドラゴンの巨大な頭頂部の鱗が一部ごっそり抜け落ちて『10円ハゲ』のようになっているのを見つけましたが、可哀想なので内緒にしておこうと思いました。
「エモいのかカオスなのかどっちかにして!! 話が進まない!!」
ツバキが涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ツッコミを入れて地団駄を踏みました。
「え?……ちょ……あれ?私の使命って魔王を倒すじゃん?サクラを倒せってこと?嘘だろぉおおおおお!!」
ツバキが頭を抱えて酒場の外に転がっていきました。
「サクラ倒すなんて無理だろぉおおおおおおお!!」
「サクラ殿!!無理ですよ!察せないですよーーーッ!」
ツバキとドラゴンの咆哮が街の中に響きました。
──この時の私たちは、サクラが靴下……じゃなかった!
辰夫さんを探すために、魔王軍の総力を挙げた大捜索網を敷いていることなど、まだ知る由もありませんでした。
(つづく)