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###まだ春を知らない君へ###
第三章 微熱と、届かない想い
春歌は、填真からもらった桜の花びらを、小さなガラスの小瓶に入れて部屋の窓辺に飾った。光に透ける淡いピンク色は、春の穏やかな陽差しを受けてきらきらと輝いている。それを見るたび、胸の奥にあの「ムズムズ」とした感覚が甦った。それは、初めて経験する、どこかくすぐったくて、温かい感情だった。
翌週、春歌はクラス委員として、放課後に図書室で資料整理の作業をすることになった。重い本を運ぼうとした時、不意にその手が止まった。
「手伝うよ」
横から伸びてきたのは、填真の手だった。彼は春歌が困っているのを見かねて、そっと声をかけてくれたのだ。春歌は「ありがとう!」と笑顔で礼を言い、二人は黙々と作業を進めた。いつもは人目を避けるように過ごしている填真が、こんな風に自分から行動を起こすなんて、珍しいことだった。春歌は、作業中も時折彼の横顔を盗み見た。真剣な眼差しで本を整理する填真の姿は、教室で見る彼の姿とは少し違って見えた。
作業が終わり、図書室を出ると、すでに日は傾き、空は茜色に染まっていた。
「助かったよ、填真くん。一人だったら、もっと時間かかってた」
春歌が心からの感謝を伝えると、填真の耳が少し赤くなった。
「い、いえ…」
「そうだ、お礼に何かおごるよ! 何がいい?」
春歌が提案すると、填真は慌てて首を横に振った。
「そ、そんな…」
「遠慮しないで! じゃあ、ジュースでどうかな? 私、あそこの自販機のリンゴジュース好きなんだ!」
強引に自販機へと連れて行くと、填真は困ったような、でもどこか嬉しそうな顔をしていた。春歌はリンゴジュースを、填真はサイダーを選んだ。プルタブを開ける音が、夕暮れの校舎に小さく響いた。
「おいしいね!」
春歌が笑顔で言うと、填真は小さく頷き、一口飲んだ。その横顔は、やはり少し赤くなっている。春歌は、そんな填真が可愛らしく思えて、ふと頬が緩んだ。
その日の夜、自室のベッドに横になった春歌は、今日一日の出来事を思い返していた。填真と話している時の、あの胸のざわめき。それは、兄である春夜を前にした時の、切なく高鳴るような鼓動とは明らかに違うものだった。春夜への想いは、まるで根深く張り巡らされたツタのように、春歌の心を縛り付けている。しかし、填真と過ごす時間は、そんなツタの隙間から差し込む、小さな光のようだった。
(この気持ち…何だろう)
それは、まだ「恋」だと呼べるほど確かな感情ではなかった。けれど、確実に春歌の心に、これまで知らなかった種類の「微熱」を灯し始めていた。
一方、春歌の知らない場所で、填真は一人、静かに日記をつけていた。
『今日、春歌さんと図書室で作業をした。僕なんかの手伝いを、心から喜んでくれた。僕が差し出した桜の花びらを、すごく大切そうに受け取ってくれた。春歌さんは、僕の「春」だ。僕に初めて、こんな温かい気持ちを教えてくれた。この想いが、いつか届くことはあるのだろうか…』
彼の心の奥底では、春歌への届かない恋心が、静かに、しかし確実に育ち始めていた。それぞれの想いが交錯する中で、桜の花びらが舞う春の日は、ゆっくりと過ぎていく。
青春だ〜!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
ではまた次回!
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