テラーノベル
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「お母さん、私だよ。冗談はやめてよ」そう言った私の顔を、母はまるで知らない不審者を見るような目で見つめた。
「あの……どちら様ですか? うちの娘の友達、とか?」
母の目は完全に本気だった。冷たい警戒の色が、私と母の間の空気を凍らせる。
その時、私のポケットの中でスマートフォンが震えた。画面を見ると、私が1時間前に投稿した自撮り写真に、1万を超えた『いいね』の通知が、今も残酷に跳ね続けている。
画面の中の私は、こんなにも多くの人に「見られて」いるのに。
目の前にいる世界で一番大切な人には、私の姿がもう見えていないのだ。
*
世間で『承認透過症(しょうにんとうかしょう)』という奇妙な病気が噂され始めたのは、今年の春先のことだった。
原因は不明。ただ一つ分かっているのは、SNSで獲得した『いいね』やフォロワーの数に応じて、現実世界におけるその人の「存在感」が透けていくということ。ネットでチヤホヤされればされるほど、現実の知人や家族から認識されなくなっていき、最終的には完全に「透明な存在」になってしまうという都市伝説のような病気だ。
高校二年生の私は、その噂を知りながらも、自撮りの投稿をやめられなかった。
学校では地味で、これといった特技もない私。だけど、フィルターを10重にかけ、可愛い洋服を着てネットに写真を上げれば、何千人もの見知らぬ人たちが「可愛い」「天使」と私を肯定してくれる。その快感は、まるで脳に直接流れ込む麻薬のようだった。
「私の病気は、まだ大丈夫」
そう自分に言い聞かせていた。だって、私のフォロワーはまだ3千人そこそこだったから。
確かに最近、学校の出席確認で先生に名前を飛ばされたり、友達に話しかけても気づかれないことが増えていたけれど、「気のせい」で片付けていた。
あの日、あの写真を投稿するまでは。
『お気に入りのカフェで、ちょっとアンニュイな午後……♡』
何気なくあげたその写真が、なぜかSNSのアルゴリズムに乗って爆発的に拡散(バズ)した。
通知の数字が、100、500、1,000、5,000と、見たこともないスピードで跳ね上がっていく。
「すごい……! 私、有名人になっちゃうかも!」
胸を高鳴らせて家に帰った。自慢げに母にスマホを見せようとした瞬間、冒頭の出来事が起きたのだ。
母は私のことを完全に忘れていた。それだけではない。私が泣きながら自分の部屋に駆け込むと、部屋の表札から私の名前が消えかけていた。クローゼットを開けると、私の服の輪郭がモザイクのようにブレている。
「嘘……嘘でしょ……!?」
怖くなってスマホの画面を見る。
『いいね:12,400』
数字が増えるたび、私の指先が少しずつ、すりガラスのように透けていくのが分かった。ネットの向こうの1万人が私を「いいね」と言うたびに、私の現実が1ミリずつ削り取られて死んでいくのだ。
「誰か、誰か助けて……!」
私は必死で、学校の唯一の親友である「ゆい」に電話をかけた。
何回かのコールの後、ゆいが出た。
「もしもし? 誰?」
「ゆい! 私だよ、凛(りん)だよ! 助けて、お母さんが私のこと忘れて、体も透けてきちゃって……!」
「え? 凛?……ごめん、誰だっけ。そんな友達、私にいたっけ?」
「嘘でしょ、昨日も一緒に帰ったじゃん!」
「ごめん、本当に思い出せない。悪質ないたずらなら切るよ」
プツリ、と音がして通話が切れた。
スマホの画面には『いいね:15,000』の文字。
その時、私は猛烈な恐怖と共に、ある事実に気づいた。
ネットの住人たちは、私の「本当の姿」なんて見ていない。加工された記号としての私を消費して、暇つぶしに親指を動かしているだけだ。なのに私は、その実体のない数字のために、私を本当に愛してくれていた母や、一緒に笑い合っていた親友を失ってしまった。
画面の中の「いいね」のハートマークが、私を嘲笑うドクロの群れに見えた。
「もういらない……こんなの、いらない!!」
私は泣きながら、アプリのマイページを開いた。
アカウント削除のボタンを探す。しかし、皮肉なことに、バズりすぎたせいでサーバーが重くなり、画面がフリーズして動かない。その間にも、画面の下部からは「おすすめの投稿」として、私よりもさらに体が透明になったインフルエンサーたちが、虚ろな笑顔で踊る動画が流れてくる。彼らはもう、自分が消えかけていることにすら気づいていない。
「消えてよ……お願いだから消えて!!」
画面を狂ったように叩く。指先はもう、スマートフォンの液晶を感知しないほど薄くなっていた。パスコードすら押せなくなり、スマホが手から滑り落ちて床に転がる。
私の体は、もう胸から下が完全に消えていた。
このまま2万、3万と数字が増えれば、私は完全にこの世界から消滅する。
床に落ちたスマホの画面が、ピコン、と光った。
【フォロワーからDMが届きました】
消えかける視界の中で、私は這いつくばってスマホを見た。
それは、数少ない「バズる前からのフォロワー」である、あるアカウントからのメッセージだった。いつも私の投稿に、お仕着せの褒め言葉ではなく、心のこもったコメントをくれていた人。
『凛さん、今日の写真、すごくたくさん伸びていてびっくりしました。でも、なんだかいつもの凛さんらしくない、悲しい顔をしているように見えます。大丈夫ですか? 体に気をつけてくださいね』
その文字を見た瞬間、私の目から涙が溢れ落ちた。
その人は、加工された私ではなく、私の「心」を見てくれていた。
「……バカだな、私。本当に欲しかったのは、1万個の『いいね』じゃなくて、こういう、たった一つの『大丈夫?』だったのに」
その瞬間、不思議なことが起きた。
私の涙がスマホの画面に落ちると、フリーズしていた画面が動き出し、奇跡的に「アカウント削除」の確認ポップアップが表示されたのだ。
【本当にアカウントを削除しますか? すべてのデータが消去されます】
私は、感覚の消えかけた半透明の指に、最後の力を込めた。
自分の本当の心を取り戻すために。
「はい」を、強くタップした。
画面が一瞬、真っ白になり、そして初期画面に戻った。
同時に、私の体を締め付けていた奇妙な浮遊感が消え、ドサリと重い感覚が戻ってきた。床に自分の両手がしっかりとついている。爪の先まで、ちゃんと赤みが差していた。
「……あ」
声が出た。
リビングの方から、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
バンッ! と部屋のドアが開いた。
そこには、涙目で息を切らせた母が立っていた。
「凛……!? あなた、そこにいたの!? お母さん、なんだか急にあなたの姿が見えなくなった気がして……すっごく怖くて……!」
母が私に駆け寄り、壊れ物を扱うように強く、強く抱きしめてくれた。
お母さんの体の温かさと、洗剤の匂い。
「ごめんなさい、お母さん。ただいま」
私は母の背中に手を回し、大泣きした。
ポケットの中のスマホは、もう二度と震えない。だけど、私の胸の奥は、これまでで一番温かい鼓動を刻んでいた。
ナト
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ruruha
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ruruha
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コメント
1件
よかった……最後、ちゃんと凛、戻ってこられて本当によかった。SNSの「いいね」にすがる気持ち、すごくわかるからこそ、お母さんに“どちらさま?”って言われたシーンはゾッとしたよ。それと、DMの“大丈夫?”の一言で全部が変わるところ、じんわり沁みた……。私も気をつけなきゃなって思いました。読ませてくれてありがとうございます🌷