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シスさんの案内で衣裳店の中に入ってみた。このお店は仕事中に着る服に特化しているのか、作業着やメイド服などが多数取り揃えてある。数種のサイズに対応した既製品がずらりと並び、場合によっては丈上げなどをしてサイズを合わせていく売り方をしているみたいだ。貴族や裕福な商家の者だとデザインブックを参考にしてオーダーメイドで購入するのだが、庶民はきっと、こういった店で衣類を買ったり手作りをしたりしているのだろう。
(まぁ、私は当然、どっちも利用した事なんかないんだけどね……)
今まで着ていた服なんかは全て、旧邸の方にもたまに出入りしていた侍女がくれたお下がりばかりだった。
『妹に買ったんだけど、デザインが嫌いなんですって』
『私のお古なんだけど、もう捨てるつもりだからあげるわ』みたいな事を言って、たまにくれる服を着回して何とか日々をやりくりしていたが……店に並ぶ商品を見ていると、私は随分高品質な物を貰っていたのでは?と、ちょっと思った。
「好きなデザインの物はありましたか?」
不意に声を掛けられ、慌てて振り返るとシスさんがすぐ傍に立っていた。そのせいで私の肘が彼の腹部にドンッと当たり、まるで攻撃したみたいになってしまった。
「——っ!す、すみません!大丈夫ですか?」
彼の体はやたらと堅い。これだと私の肘の方がダメージは大きかったかもしれない。
「……平気です」
口元に笑みを浮かべながら普通に返してくれる。やっぱりノーダメージだったみたいだ。流石は男性だ。筋肉質な体のおかげで、この程度は全然平気なのだろう。
「何か、コレが欲しいといった感じの服はありましたか?」
「あ、えっと、すみません。まだ特には」
「まぁ、沢山ありますから迷ってしまいますよね。最近は職業を即連想出来る様な制服が随分と流行っているそうなんで、種類もすごいですよね」
「そうなんですか?でも、こうして見ると、わかる気がします」
職種別に分けて並べられた服を見ていると納得しか出来ない。外界をほとんど知らない私でも、何となくその職業を想像出来るなんてすごいデザインばかりだと思う。
「家の掃除をする時に着る服となると、やっぱりメイド服ですよね」
ずらりと並ぶ可愛いメイド服を見ていると、シスさんはそう言って別パターンの服を数点持って来てくれた。
「最近は女性の間でもパンツスタイルが人気らしいので、掃除のような肉体労働だとこちらの方がいいかもしれませんよ」
「わぁ。動きやすそうですね」
一般的なモノトーンのメイド服のデザインをベースとしながらも、下は七部丈くらいの長さのパンツスタイルになっている。動きやすさと可愛らしさを両立した斬新なシルエットがとても素敵だ。少年が着ても似合いそうな雰囲気で、つい頭の中でメンシス様がこの服装をしている姿を想像してしまう。自分の知っている“少年”が彼ぐらいだからだろう。だがすぐに私はその想像を追い払った。
「……これにしようかな」
ぽつりと呟くと、シスさんの顔がぱっと明るくなった。眼鏡越しに見ているせいかその笑顔は太陽の様に眩しく、彼の背後には大輪の向日葵まで咲いている。
「絶対に似合いますよ。この服だと、こっちの靴下くらいの丈が似合いそうですね。中に着る白シャツは四枚くらいは必要かな。水仕事は手が痛むからゴム手袋も買っておきましょうか。ハンドクリームも必要だし、あ、靴も欲しいですね。まずは五足くらいで足りるかな」
早口で話しながら、あれもこれもと色々な服や周辺アイテムを選んでくれる。私はそういった感覚に疎いのでありがたいにはありがたいのだが、多過ぎやしないだろうか?
『この先衣類は色々ないと不便ヨ。人の出入りも多いかもだかラ、見窄らしい格好はさせておきたくないんでしょうネ』
ララにそう言われると、『そうなのか』としか思えず、結局アレもコレもと買ってもらう感じになってしまった。全て仕事に関する物だからという理由から経費で落とすらしい。……いいのだろうか?とは思うも常識を知らないと何も言えない。色々な知識を身に付け、体力作りをするのも大事だが、常識とやらも身に付けていかねばこの先もっと苦労しそうだ。皆が皆、シスさんみたいな良い人であるとは限らないのだから。
(だけど、常識なんてどうやって学んでいくもの何だろう?)
一人首を傾げていると、シスさんが会計をし、シェアハウスまでの配送手続きを済ませてくれる。頭から爪先まで、下着以外は全て彼の選んだ服を纏う事が彼の中でどんな意味を持つかも考えずに出口の側で立っていると、全てを終えたシスさんが声を掛けてきた。
「じゃあ次は貴女の買い物ですね。買いたい物は何ですか?」
「普段使い出来る小さな鞄を買おうかと。旅行鞄以外には、この巾着みたいな物しか持っていないので」
「じゃあ、雑貨を多く扱っている店で色々な鞄を見た気がしますから、其処に行きましょうか」
『猫の抱き枕もネ』
「えっと、猫の抱き枕も欲しいんですが、その店にありますか?」
「あぁ、あった気がしますよ。そちらは僕が買いましょう。抱き枕を買いたいのは、ベッドが一つしかないからですもんね?」
「……えっと、はい……」
視線を軽く下に落としておずおず答えると、「……顔、赤くなっていますよ?」と言い、至近距離から顔を覗き込まれてしまった。長くて黒い艶やかな前髪が横にさらりと揺れて隙間から綺麗な碧眼が姿を現し、こちらをじっと見ている。驚いて反射的に身を引こうとすると、勢い余ってドアにぶつかりそうになった。だがその直前で、「——おっと!」と言いながらシスさんが私の体をぐいっと引っ張る。私の腰に彼の逞しい腕が回り、互いの体がぴたりとくっついた。
「大丈夫ですか?痛いところは?」
「い、いえ……大丈夫、です」
シスさんの匂いが感じられる程に近い距離のせいか、心臓がバクバクと鼓動を早める。この距離は『常識の範囲外』である事は私にだってわかっていても、何故かすぐに動く事が出来なかった。