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「約千名の“反革命傭兵軍”を、五百名ずつ二隊に分けます」
計画立案者ビッセルは、卓上の地図を指でなぞった。
「十隻の輸送船に分乗させ、ヒロム浜へ上陸。
これに先立ち、夜明けと同時に別働隊がヒロム浜と
サパト沼を結ぶ街道を制圧します」
指先が、浜の端で止まる。
「別働隊がこの地点を押さえ次第、
反革命ケルパ人を上陸させます。
彼らはただちに臨時政府の樹立を宣言。その要請を受ける形で、
アメリア軍が海上より進駐します。以上です」
説明が終わると、室内に短い沈黙が落ちた。
ダレスは満足そうにうなずいた。
「見事だ」
だが、プレジデントだけは地図から目を離さなかった。
「……どうしても、わが軍が出ねばならぬのか」
念を押すような声だった。
ビッセルは一瞬、ダレスを見た。
答えたのは、ダレスだった。
「表向きは、あくまで彼らの内戦です」
「内戦、か」
「ええ。我々はそれを拡大させぬため、
秩序を回復するために赴く。
言うなれば、内戦を止めるための出兵です」
美しい言葉だった。
だからこそ、プレジデントは眉をひそめた。
「我々の関与を、完全に消すことはできないのか」
ダレスの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「完全に、でございますか」
「そうだ」
「それは難しいでしょう」
ダレスは、あまりにも静かに言った。
「ですが、問題は関与の有無ではありません。
民衆が、どちらの物語を信じるかです」
「まったく……粗暴な連中の考えそうなことですな」
ヴァンガルド帝国外交官ニキータは、薄い笑みを浮かべながら言った。
机上には、アメリア側の作戦立案書が広げられている。
ヒロム浜への上陸。
反革命勢力による臨時政府樹立。
その“要請”を理由にしたアメリア軍進駐。
どれも、あまりに露骨だった。
「まさか、同国人を互いに争わせるとは」
ニキータは肩をすくめる。
「我々も思いもよりませんでした」
フィデロは無言だった。
隣のラウルも、紙を握る手に力が入っている。
革命によって国を得た。
だが今、その国で再び同胞同士が殺し合わされようとしている。
しかも――外から。
「我が皇帝陛下も、大変心を痛めておられます」
そう言って、ニキータはゆっくり続けた。
「必要であれば、軍艦の賃与も。武器の供与も行う、と」
フィデロは低くつぶやいた。
「……そこまで、我々が憎いか」
ニキータは答えなかった。
ただ、静かに微笑むだけだった。
やがてフィデロは顔を上げる。
「ラウル。エルネストを呼べ」
短く、それだけ言った。
そのころ。
ヴァンガルド帝国首都モスコウビア。
冬の宮殿では、セヴィウス皇帝が琥珀色の酒を揺らしていた。
「せいぜい殺し合うとよいわ」
窓の外では雪が降っている。
遠い南国の流血など、ここには届かない。
皇帝は薄く笑った。
「アメリアに赤っ恥をかかせるためだけにな」
傍らのラディスは、黙って頭を下げた。
皇帝にとって重要なのは、ケルパでも革命でもない。
敵国アメリアが、世界の前で醜態をさらすこと。
ただ、それだけだった。
「……本当に、これでよろしいのでしょうか」
会議室を出たあと、ビッセルは小声で言った。
「何がだ」
ダレスは書類を閉じながら答える。
「プレジデントは……失礼ながら、
あまり作戦をご理解されていないように見えました」
若い指導者だった。
理想は語る。
だが、血の流れ方までは知らない。
ビッセルには、そう思えた。
だがダレスは、むしろ面白がるように口元を緩めた。
「若きプレジデントをお支えするのが、我々の仕事ではないか」
その声は穏やかだった。
だからこそ、ビッセルは寒気を覚えた。
ダレスは歩きながら続ける。
「万が一、プレジデントが土壇場で手を引きそうなら――」
そこで一度、言葉を切った。
「ケルパ人部隊を見捨てるのか、と迫れ」
「……」
「全滅しますぞ、と言えばよい」
ビッセルは息をのんだ。
亡命ケルパ人たちは、祖国奪還を信じて集められた兵だ。
だがダレスにとっては違う。
彼らは“引き金”だった。
アメリアを戦争へ引きずり込むための。
「そうだ、ビッセル」
ダレスはふと思い出したように言った。
「上陸地点をビッグス湾へ変更してはどうかね」
「ビッグス湾?」
「あそこなら湿地が天然の防壁になる」
ビッセルは即座に地図を思い浮かべた。
細い街道。
背後は沼地。
退路は実質一本。
「ですが、それでは退却が――」
最後まで言えなかった。
ダレスが笑ったからだ。
「最初から逃げることを考えていては、
祖国奪還など成し遂げられぬのではないかね?」
穏やかな口調だった。
だがビッセルには、その言葉の意味が分からなかった。
――いや。
分かりたくなかった。
だがダレスは、卓上の地図を眺めながら、
愉快そうに口元をゆがめた。
「理想を掲げるお坊ちゃん……」
低く、誰にも聞こえぬほど小さくつぶやく。
そして地図上のビッグス湾を指で叩いた。
「――さあ、戦争の時間だ」
「今度こそ――死んでいった仲間たちに、
誇れる国をつくろう」
ぺロスは、そう言った。
訓練基地の薄暗い作戦室。
壁にはケルパの地図が貼られ、
赤い線が海岸から王都バナナへ向かって伸びている。
その瞳に迷いはなかった。
革命に裏切られた。
祖国を追われた。
仲間も失った。
だからこそ今度は、
自分たちの手で“正しい革命”をやり直す。
そう信じていた。
「上陸後は臨時政府を宣言」
「国内の反フィデロ勢力二千と合流し、
そのままバナナを目指す」
アルティメも興奮を隠せなかった。
机を叩きながら続ける。
「国内には二万人の反フィデロの声が渦巻いている!」
「必ず成し遂げられる!」
亡命者たちは頷く。
皆、祖国が自分たちを待っていると信じていた。
オリーブは地図を見つめながら、
静かに作戦を確認していた。
「……こんな時、
エルネストさんがいてくれたらな」
その言葉に、一瞬だけ空気が止まる。
誰もが彼を知っていた。
革命の英雄。
貧しい者のために戦った男。
だからこそ、
今の政権に本心から満足しているとは思えなかった。
「大丈夫だ」
ぺロスが言う。
「必ず分かってくれる」
アルティメも続いた。
「彼も一緒になってやってくれるさ」
彼らは、本気でそう信じていた。
エルネストほどの男なら、
きっと“本来あるべき革命”の側へ来ると。
「アメリアの情報では、
ケルパ軍内部にも反乱の兆候が確認されている」
誰かがそう言った。
それは希望だった。
あるいは、
誰かが与えた希望だった。
だがこの時の彼らには、
それを疑う理由がなかった。
ぺロスは立ち上がる。
「行くぞ」
短い言葉だった。
だが、その声には、
祖国を取り戻せるという確信が満ちていた。
「――いよいよだ」
歓声が上がる。
誰も気づいていなかった。
この作戦が、
彼ら自身の運命だけではなく、
ケルパとアメリア、
そして世界そのものを揺るがす引き金になろうとしていることを。
#追放
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