俺はにんげんだ。紛れもなくにんげんだ。
誰がどう見てもにんげんだ。
腕は肩から一本ずつ生えてるし、脚も腰から一本ずつ生えてる。
鼻もひとつだし、鼻の穴もちゃんとふたつある。
耳だって両耳ちゃんと揃っているし、口もひとつ、目玉もひとつ、眉毛もちゃんと左右対称。
指もちゃんと五本ずつあって、全部の指を足せば二十本。
産毛も生えてるし、脇毛も、陰毛も、髪の毛もちゃんと生えてる。
全身黒い毛で覆われてる訳でもない。
「……何も、不足、しちゃあ、いねえ……」
確実ににんげんなんだ。
「いいなあ。君は特別で。」
木陰で書物を広げる阿呆の声が、耳にこだまする。
「特別で、羨ましい……」
独り言のように吐きやがるが、はっきりとそれは俺の耳に入り込む。
無性に、幼い頃に向けられた好奇と尊敬と畏怖の眼差しを思い出す。
あの時に言われた尊敬の言葉が頭をめぐる。
「ああ……俺は、にんげんじゃねえみてえだからな。俺は特別だよ、にんげんさまじゃねえ! てめえはみてえな雑魚の戯れとは、格がちげえんだ! 誰も俺にゃあ、敵わねえ! だって、俺は、怪物、だから……な……」
「違うよ、まったく、バカみたいな茶番はよしてくれ。そう云う意味で、言ったんじゃない。羨ましいって、聞こえなかったのかい?」
聞こえたさ。はっきり。
「君はいつだって死ねる。君が死にたいと思えば、死神の農夫さまは君を天国に連れて行ってくれる。愛されてる。何と不公平な話だ。ここに、今まさに死にたい輩がおると云うのに……僕は、それがたまらなく羨ましい。」
「……俺は、手前みてえな、自殺願望者じゃねえんだよ……」
「……は、知ってる。知ってるから言ってる。じゃあ、喩え話をしよう。人は自殺する時、どうすれば死ねると思う? ピ、ピ、ピ、ピー。正解は、飛び降り、入水、毒、刃物、拳銃、縄。どれも美しくない。ただ粋ってる。粋り野郎だ。だけど、君は……」
「……は」
阿呆に手を引かれ、
「大丈夫、決して怖がることはないよ」
俺は近くにあった深い川に、二人で、
「おわっ……!」
落ちた。
コメント
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すげぇ……1話なのにすげえ、 なんか、好きです。