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す、凄い…‼︎‼︎もはや言葉にならない程の素晴らしい稽古でしたっ…。 あの兄さんとやり合いここまで対等で居られるとは、流石わ兄妹と云えますッ……早百合さんの剣の才能もここからが開花期だと私は思います‼︎本当に素晴らしいものを見れました…!
圭一の足さばきと太刀さばきは、思っていた通り、今まで対戦してきたどの相手よりも速かった。
じっくり間合いを詰めようと隙を伺っているものの、次の瞬間には、風のようなスピードで圭一が踏み込んできたかと思えば、目にも留まらぬ速さで木刀を振り降ろす。
間一髪の所で躱したつもりだったが、圭一の木刀はギリギリのところで、私の左肩をかすめた。
片手の可動域は、両手の可動域よりも広い。今や圭一は、片腕の強みを知り尽くし、完璧に使いこなしていた。
ほんの一瞬の出来事にあっけにとられると同時に、鋭い痛みが腕全体に行き渡る。
片腕というハンデを確実に強さに変え、それを巧みに使う圭一。
それと同時に、足さばきや木刀を振り抜く速さ、そして何よりも、力を入れるべきところと抜くべきところを正確にわきまえた身のこなしに、自分とは比べ物にならないほどの才能を感じた。
しかし驚いている場合ではない。道場全体が見守る中、試合は未だ始まったばかりだ。
片手の可動域が最大に及ぶ範囲、すなわち圭一からみて、右上、右下、左下の三方は、完全に圭一の支配域になる。さらに歳が3つ離れた男女となれば、腕力の差は歴然。まともに打ち込んだところで、返されるどころか、圭一に有利に働くのは一目瞭然だ。
しかし私はあえて、圭一と真っ向から勝負することにした。
確かに相手の攻撃を躱しながら体力を消耗させたり、フェイントを駆使して不意打ちする手もある。持久戦や心理戦は、自分よりパワーの強い相手には必須だろう。
けれどこのとき私は、まだ純粋に剣の才能を、圭一にぶつけてみたいと思っていた。
ビュウゥッ…!
唸るような音を立てて、袈裟斬りを狙ったと思われる圭一の剣が飛ぶ。
私はそれを斜め後ろに跳んで躱し、同時に圭一との間合いを把握した。
次が飛んでくる前のその一瞬の間を狙い、圭一の懐へ踏み込む。
私の剣先は圭一の胸をかすめたが、間一髪のところで、ひらりと躱された。
パワーがあるのに軽い。悔しいが、兄は私とは違う、”本物の”天才だった。
長いこと繰り返される、皮一枚での攻防。
次に狙ってくるのは喉元か、それとも脚か。
圭一の太刀筋には感情が見えない、と言われているが、兄妹ゆえだろうか、その不安定な動きの中にもほんの僅かに、一定のリズムというか、癖というか、相手の呼吸、というものが見えた気がした。
この勘のみを頼りに、私は一か八か、次に圭一の剣が飛んでくる方向を予想し、相手の剣の速度が最速になるタイミングより早くに振る。
ビュオォォッ!
ガキッ、と木の食い込むいやな音がして、そのままパァン…!と、小さな木片が床に落ちる音が聞こえた。
私の振った刃は、見事圭一の剣先を捉え、ほんの一瞬のタイミングの早さが、圭一の木刀を欠けさせたのだ。
もらった。そう思ったはずだった。
しかし圭一は平然と、欠けた刃先をこちらに突きつけている。
しきりに乾く喉とは裏腹に、汗は次々と額から滴り落ちた。その滴の一つが、まつ毛の端でほんの二、三秒留まり、目尻から染み込むように、右目に入る。
痛っ…
ひやり、と刺すような刺激をともないながら、右目尻から流れ込んだ汗に、私はほんの一瞬、片目を細めた。
圭一はこれを見逃さなかった。ほんの一瞬、私の意識が目に流れた隙に、圭一は竜巻のような速さで踏み込むと、私の肩口および小手を狙って木刀を打ち込んだ。
なんとか身体に剣を受けるのは回避したものの、圭一の振り下ろした刃は、攻撃をかわそうとして緩んだ私の手から木刀を薙ぎ払った。
「勝負ありィッ!それまで!」
主審が声を上げる。
勝負が終わると、圭一はすっと身を引いたものの、未だ爛々と光る眼を、その奥のゆらぐような淀みとともにこちらに向けていた。そして不気味に笑うその口元は、私に、圧倒的な才能の差を知らしめるものだった。
まさか飛鳥馬師匠は、このために私を圭一と…?
兄との間の圧倒的な才能の差を見せつけられ、私は即座に、今までの尊大な振る舞いを恥じた。そして、自身の慢心が、何よりも恐ろしい命取りになると、このとき、身をもって思い知らされた。
初心忘るべからず。私は、先輩達はもちろん後輩たちに対する態度を改め、朝の炊事や掃除にも、また再び顔を出すことにした。