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狂座とは晴らせぬ恨みを代行する、法を超越した組織。裏に撤し、裁けぬ悪を――依頼者の想いごと闇へと葬りさる。
それが正義で在ろう筈がなくとも、禍根を断つと云う意義があり、秩序が保たれている事もまた確か。
狂座は必要悪として、今の世に不可欠な存在なのだ。
「――実は何にも変わらないんだなこれが。裏でちまちまゴミ共を消した処でな……。意味が無いんだよ狂座なんて」
だが勝弘は狂座の存在意義を、根本から痛烈に否定した。
彼の言い分も一理有る。幸人でさえ、繰り返される世の情勢に辟易と、また己の存在意義が分からなくなる事も多々あった。
それが勝弘が狂座を抜けた理由なのか――
「そんな事……最初から分かっていた事じゃないか? だからこそ俺達はこの道を選んだ。違うのか?」
幸人は逆に問い返す。
確かに意味の無い事なのかもしれない。
“だが行き場の無い怒りは?”
“依頼者達の晴らしたくても晴らせぬ、魂の慟哭は?”
それらを代行するだけで意義が在る。正しい筈が無いとしても。
幸人には狂座の為に、尽力を尽くそう等という気は毛頭無い。在るのは被害者の行き場の無い想いのみ――
「まあ……あながち間違ってはいないが、やり方が間違っているんだよ狂座のな。今のままでは何も変わらねぇ。ゴミが溢れかえるだけさ。もっと根底から正す必要が在るんだよ、この世の中は……な」
何時の間にか三本目の煙草に火を点け、吐き出す紫煙と共に勝弘が言いたかった事――その真意。
「お前……まさか?」
幸人にもようやく理解出来た。その“在ってはならない”勝弘の真意に、幸人の瞳はつり上がり、辺りに緊張が走る。
心なしか凍てつくような辺りの温度が、一際下がったような気がする。
それは何も寒さのせい――のみではない。
幸人から発せられる憤り――それが如実に、辺りの空気に影響しているのだ。
それは其処に居るのは幸人としてではなく、雫として変貌しかねない程に――二人の間に亀裂が走ろうとしていた。
「ああ……“俺達”は“表”に出る。そして堂々と悪を裁き、この世に不要なゴミの無い、真の理想郷を創りあげる」
凍てつくような幸人から発せられる“殺気”にも怯む事もなく、勝弘はそう高らかに宣言した。
彼の底知れぬ真意とは、裏の世界の住人が表舞台へと進出する事だったのだ。
本来それは絶対に在ってはならない事。もし公になれば、世界の情勢が根本から崩壊しかねない。
「ふざけてんのか……お前?」
だが所詮、それは夢物語。それ即ち、狂座含め世界中を敵に回す事を意味するからだ。
「いや、至って大真面目だ――」
幸人は勝弘の馬鹿げた真意を一笑に伏すが、彼は意に介さない。
「それにお前にも分かってるだろう? 俺等裏の力は、その気になれば世を統べるのも容易い事を。このゴミが蔓延する腐りきった世界を正せるのは、最早俺達の力しかないんだよ!」
その悲痛にも似た叫びが、彼が本気である事を如実に物語っていた。
一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。
「……だから力で“支配”か? そんな事で本当に世を正せると思っているのか?」
しかし勝弘がやろうとしている事は、正義や悪と言った次元ではなく――新たなる法定、実質的支配者。
「正せるさ。まずは“力”を世に知らしめる必要がある。新たな世界は、ある程度の犠牲の上で成り立つもんなんだよ……」
それは即ち――“逆らう者には死を”。
彼等が不要と判断した者は処分する、と言う意味合いの顕れだった。
「笑わせる……それは新世界でも何でもない、只のテロリストでクーデターだ。お前等がやろうとしている事はな」
当然のように幸人は批判。どんな理由があろうと、この力を表立って振るう等、ましてやそれで権威を示す等在ってはならない。
幸人は迷っていた。今の間際まで。
勅命とはいえ、出来れば話し合いで解決し、あわよくば彼を元の鞘に戻せればと。
SS級の権力を以てすれば、上層部に申し立てて勝弘を再びエリミネーターへ戻す事も可能と。
「そんな事は俺が許さねぇ……」
だが勝弘の恐るべき真意を知った以上、このまま見過ごす訳にはいかない。
昔からの――親友であるからこそ、この手で止めねばならない。
幸人の腹は決まった。既に臨戦態勢に移行しようとしている。
空間の温度はまた一段と下がり、此処等一帯が凍結してしまいそうな程。
「何とでも言え。もう刻は動き始めたんだよ。これは誰にも止められねぇ。それに――」
勝弘もまた、考えを改める気は毛頭無い。
「その為にはまず、実質的に裏を支配している狂座が邪魔なんだよ。奴等を根底から崩していく――それが俺の役目だ」
先ずは狂座を瓦解させる。
彼もまた腹は同じ。狂座のエリミネーターである幸人は、彼にとって排除せねばならぬ存在である事。
最早二人の闘いは避けられそうもなかったが――
「だが俺は……お前を殺したくはない。そんな事をする為に、お前を此所に呼んだ訳じゃねぇんだ」
だが勝弘は戦闘の意思を否定。彼は狂座への敵対の意向を、はっきりと明言した筈。
「……どう言う意味だ?」
それが幸人には分からなかったが、彼は依然として臨戦態勢は解かないままでいた。
それでもまだ――眼鏡は外さない。
「幸人……狂座を抜けて、俺と一緒に来ないか?」
「何……だと?」
そう手を差し伸べる勝弘の提案に、流石の幸人も戸惑いを隠せなかった。
それこそが彼が幸人をこの地に呼び寄せた、本当の真意だったのだ。
「馬鹿なっ! そんな――」
幸人はその提案に声を荒げた。
狂座に義理立てするつもりは無い。狂座が真に間違っているなら、敵に回す事も厭わない。
だが同じ悪でも、勝弘がやろうとしている事は間違っている。
だからこそ幸人は声を荒げて否定したのだ。彼の気持ちが誰よりも分かるからこそ、その手で止めねばならない――と。
「お前だけは俺の気持ちが分かる筈だぜ? この世にゴミ共が居なかったら、俺達は十年前、全てを失う事もなかった……。こんな裏世界で生きる事もなく、此処で“普通”の人生を送れていた筈……」
だが勝弘は尚も続ける。かつて御互いだけが分かる、二人の過去に起きた、裏の世界で“生きねばならない”きっかけとなった出来事を――想いのたけを込めて。
「言うな……」
幸人には分かる、彼の想いが。だがそれとこれとは話は別。
「いや言うぜ。俺はもうこんな汚れた世界を……平穏に生きていた者が、ゴミ共の身勝手で突然奪うような世界を、俺は見たくはねぇんだよ……。だからこそ、俺は“あの人”と共に世界を変える事に決めた」
“あの人!”
「勝弘……お前やっぱり“アイツ”と共に?」
幸人はその単語に過敏に反応。それはもしかしたら、一番聞きたかった事なのかもしれない。
これ程の大規模な計画を、単独で遂行出来る筈がない。
勝弘の背後に居る者――ならば強大な“何か”が動いている筈だ。
それは幸人もよく知る者なのか――
「ああ……。十年前、あの事件から俺達を救ってくれて、本来だったら死ぬ筈だった俺達の命を繋ぎ止めてくれた人。あの人が居なかったら、今の俺達はなかった筈だぜ?」
「じゃあ四年前に起きた“アレ”は、やはりアイツの?」
「……そうだ。俺は四年前、あの人の手引きの元、死亡と見せ掛けて狂座から離脱した。全てはこの時の為……」
二人の間で交わされる過去回想。
それは十年前と四年前の、彼等が歩んできた経歴。その中核となる人物を――
「あの人は狂座の創始者の一人だからこそ、狂座とは別の道を歩む事にしたんだ。お前の事もずっと気に掛けてるんだぜ? お前だけは殺したくない気持ちは、あの人も一緒なんだよ! だから共に同じ道を歩みたいんだよ! 俺達の恩人だろ? お前にとっては“師”じゃねぇか!?」
「だが……俺は……」
「目を覚ませ幸人! どっちが正しいか、一目瞭然じゃねぇか!?」
勝弘の懇願にも似た叫びに、幸人も言葉を詰まらせ立ち竦む。
一つだけ分かるのは、反狂座と云える組織が在るという事。
それは狂座を創成しながら、狂座とは異なる意向を持った存在。
「なあ……また昔みたいに一緒にやろうぜ? 俺達だったら何でも出来る、世界を変えられる」
勝弘は再び持ち掛ける。即ち――幸人を此方側へと。
「それでも……俺はお前達がやろうとしている事は――認めない!」
歯切れが悪いながらも、幸人は拒否の態度をはっきりと示した。
どちらが正しいかなんて分からない。
それでもこれは間違っている。それだけは確かだと揺らぐ事はない。
「ならお前はこのままでいいのか? ゴミ共が蔓延する、変わらない今の世の中でも!? 今だから出来る。あの時にこの力が有れば、俺は家族を失う事も――お前も“姫紀”ちゃんを失う事もなかったのに――」
勝弘も引き下がらないが――“姫紀”。幸人の妹。
「言うなぁぁぁっ――!!」
その名を聞いた瞬間、幸人は絶叫と共に勝弘へと飛び掛かっていた。