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月曜日の朝
健一は、まるで処刑台に向かう罪人のような顔でネクタイを締めていた。
里奈が「会社にバラす」と宣告してから初めての出勤日だ。
「……奈緒、もし何かあったら、すぐに連絡していいか?」
「ええ、もちろん。私はあなたの味方よ、健一さん」
私は彼の襟元を整え、優しく微笑んだ。
その笑顔を「聖母の慈愛」だと勘違いした健一は、私の手を握りしめて家を出た。
その手が離れた瞬間、私は洗面所へ向かい、ハンドソープで入念に手を洗った。
◆◇◆◇
数時間後
私のスマホが激しく震えた。
健一からではない。里奈からだ。
『里奈:やったわ。今、あいつの会社の全部署に一斉メールで不倫の証拠と経費の領収書、全部ぶちまけてやった!今頃大騒ぎよ!』
(お疲れ様、里奈さん。あなたももうすぐ、使い捨てられる駒だとは気づかずに)
案の定、昼過ぎに健一から絶望に満ちた声で電話がかかってきた。
『奈緒……っ、ダメだ、終わった。人事部に呼び出された。里奈のやつ、本当にやりやがった……!経費の件、あいつに言われてやったことなのに、全部俺のせいにされてるんだ!』
「落ち着いて、健一さん。今は何を言っても逆効果よ。…そうだ、知り合いに優秀な弁護士がいるわ。少しお金はかかるけど、相談してみる?」
『弁護士!? ああ、頼む! 金ならなんとかする、貯金を崩してでも……!』
夕方、健一は幽霊のような顔で帰宅した。
会社からは自宅待機を命じられたらしい。
エリート街道を走っていたつもりの彼にとって、これ以上の屈辱はない。
「……どうして俺がこんな目に…!全部あの女のせいだ。里奈のせいで人生めちゃくちゃだ!」
リビングの床に座り込み、頭を抱える健一。
私は彼の隣にそっと座り、背中を撫でた。
「可哀想に…でも、健一さん。私だけは、あなたの苦労を知っているわ。あんな若いだけの女に、あなたの価値がわかるはずないもの」
「奈緒……お前だけだ、本当に。あんなに酷いことを言った俺を、まだ支えてくれるなんて」
健一は私の膝に顔を埋めて泣き始めた。
私はその頭を撫でながら、もう片方の手でナオミ用のスマホを操作する。
ナオミとして、健一に一通のメッセージを送る。
『ナオミ:健一さん、昨日はごめんなさい。…でも、あの女性があまりに怖くて。もし、あなたが本当に独りになってしまったら、私……あなたのことを助けたいって思っちゃうかもしれません』
健一のポケットの中で、スマホが震える。
彼は涙を拭い、顔を上げた。
私の膝の上で、隠れるようにスマホをチェックする。
その瞬間、彼の顔に「希望」という名の醜い光が戻った。
妻に癒やされ、ナオミに縋る。
彼は、自分が二人の女に支えられていると錯覚している。
実際は、一人の女が握らせた「毒入りの飴」を、両手で大事そうに抱えているだけなのに。
「……奈緒、俺、頑張るよ。弁護士費用、いくら必要だ?明日、口座から下ろしてくる」
「そうね。まずは着手金で100万円くらいかしら」
もちろん、そんな弁護士は存在しない。
その100万円は、私がナオミとしてさらに美しくなるための
そしてこの家を出るための「独立資金」になる。
「…奈緒。お前がいてくれてよかった」
「ええ、私もよ。……健一さん」
暗闇の中で、私だけが静かに笑った。
彼がすべてを失ったとき、この100万円が私の「祝杯」に変わるのだ。
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#大人ロマンス
#サレ妻