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「『万能冒険者』殿……!
よくぞキャナルの話を収めてくださった!
心より礼を言う!!」
筋肉質だがそれに似つかわしく無い、気弱そうな
表情のアラフィフの男性が、私に頭を下げる。
彼の名はバラフト・ケンダル辺境伯。
赤茶の短髪を見るに―――
昨日話をした五男のクロム君は、父親似
なのだろう。
新婚の、金色の短髪をした精悍な顔立ちの
夫と、ブロンドのロングヘアーの妻は、
どこか納得した様子でその光景を見つめる。
「シン殿に相談すれば、たいていの事は
解決しますから」
「私たちも頼りにしている御仁ですので」
ミハエル様とセシリア様の言葉に、私は
頭をかきながら、
「いえ、でも私はあくまでも、
『慎重に』と提案しただけですので」
「それでも、キャナルが思いとどまったのは
あなたが相談に乗ってくれたからです!!
ワシは―――
あの子に、クロムに対し何もしてやれなかった。
こんな時すら……
引き続きあの子に開拓地を任せられるように
なったのは、シン殿のおかげです!!」
確かにキャナル夫人、気が強そうだったし……
それに妻のする事にあまり口出し出来ないと
いうのは、男として理解出来なくもない。
「このお礼は、必ずさせて頂きますからなー!!」
そう言って手を振り―――
彼は去っていった。
その後ろ姿を見送った後、ミハエル夫妻は改めて
私の方を向き、
「それで、本当によろしいのでしょうか。
あのシャボン玉の演出については、ナルガ家に
一任するとのお話で」
彼らは、あれは『アオパラの実』によって作られた
石鹸水という事は知っており―――
あの演出について質問攻めに遭っていて、
どうしたものかと相談されたのだが……
チエゴ国においてなら、独占しようが公表しようが
お任せすると申し出ていた。
「今、ウィンベル王国ではドーン伯爵家が中心と
なって、結婚式の行事を専門に行う機関が
作られたのですが……
案件が多過ぎて手が回らない状態なんです。
それに、今回の演出はナルガ家で初めて
行われたもの。
その経験を生かして他家の行事に協力するのは、
問題は無いと思いますよ」
実際、石鹸水はそれほど高価なものでも無し。
演出についてのプロデュース料をもらうのは、
別におかしな事ではない。
それに他家としても、経験のある家に教えて
もらった方が安心するだろうし。
こうして、他の事についても少し話した後―――
私はミハエル夫妻と別れた。
「シン、どうだった?」
「我らの準備はすでに終えているが」
「ピュッ!」
同じ黒髪の―――
セミロングとロングの妻が、割り当てられた
部屋で出迎える。
「ケンダル辺境伯様にはお礼を言われただけ
だったから……
ミハエル様、セシリア様ともあいさつ
してきたよ」
ミハエル様は正式に、セシリア様の夫となった
事で、ナルガ辺境伯家の一員・貴族となった。
もっとも跡継ぎは別にいるらしく―――
家の中でも軍事面を任される事になるらしい。
前にクラウディオ君と結婚した、オリガ・
シュバイツェル子爵令嬢の事情に近いが……
そもそも二人とも武名を馳せた人間なので、
する事に変わりは無いとの事。
「お帰りなさい、シン殿」
「カレー作りを手伝って来ましたけど……
疲れました」
そこに現れたのは―――
パープルの長いウェービーヘアーを持つ少女と、
青みがかった短髪の少年。
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢と、ムサシ君だ。
「2人とも、お疲れー」
「しかし、貴族様とその結婚相手であるのに」
「ピュウ~」
メルとアルテリーゼに向かって彼らは苦笑する。
「手伝わせて申し訳ありません。
ウィンベル王国の料理や技術を持つ、数少ない
人間ですから―――」
私が頭を下げると、二人は慌てて首を左右に
振って、
「滅相もありません」
「シン殿から、意図は伺っておりましたから」
アンナ嬢の言う『意図』とは、事前に説明して
おいたのだが―――
そもそも料理を作ったのは、結婚式の後、
各家とのパーティーに出す料理を頼まれた、
という事情もあった。
ただここはチエゴ国であり、彼らの出身国であると
同時に、招待客の中にはクワイ国の人間もいる。
そんな彼らに、ウィンベル王国に行けば
このような技術を得られる……
と、留学組の成果を内外に宣伝する格好の場でも
あった。
またムサシ君も料理に加わる事で、ワイバーンとの
結婚は人間生活がベースでも問題無い、という事を
知らしめるためでもある。
「そういえば、メルとアルテリーゼは
何を作ったんだ?」
「ソバやウドン用のスープ」
「これから暑くなるので、冷やしにちょうど
いいと思ってのう」
「ピュッ」
醤油とみりんもどきが製造された事で、出汁に
それを加えると、本格的なめんつゆが出来る。
確かに、これからの季節にはピッタリだろう。
「じゃあ、公都『ヤマト』へ帰ろうか。
アンナ様とムサシ君も―――
『乗客箱』に乗ってく?」
二人に確認すると、よほどグロッキーだったのか、
「お、お願いします」
「申し訳ありません……」
それを見て、『乗客箱』を運ぶアルテリーゼが、
「よいよい。
子供2人増えたところで、物の数ではない」
こうして私たちは30分後には―――
空の乗客になっていた。
「そういえば……
2人の結婚は国が認めたと聞いているけど、
アンナ様の実家はどうだったんですか?」
上空、『乗客箱』の中で何気なく話を振る。
ワイバーンとの『結婚を前提としたお付き合い』が
認められたのは知っているが―――
彼女の実家がどのような反応をしたのかまでは
聞いていない。
国の決定には逆らえなかっただろうが、
今後の参考に知っておきたかった。
「ウチは分家でしたから、お婿さんが来たと
いうだけで喜ばれましたけど」
「分家の方々とはすぐに打ち解けたと
思います。
問題は本家の人たちで……」
二人の話によると、本家の当主にもすぐ話が
通されたようなのだが、
当初は、相手がワイバーンとの報告に驚いた
ものの―――
分家の娘という事もあり、それでワイバーンや
その女王の機嫌が取れるならと、イケニエ程度に
しか考えてなかったらしい。
だが、一度王家と面会した事でムサシ君の
評価が一変。
本家の当主の娘たちも、彼を婿にと望むように
なった。
しかしムサシ君の意中の人は、あくまでも
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢であり―――
話がこじれる事を恐れた王家により、彼女との
婚約を正式に決定。
何より王の……
『それほど言うのであれば、本家の娘たちを
留学させれば良かったであろうが』
という身も蓋も無い正論で、ミエリツィア本家の
反論は封じられた。
「大変だったんだねー。
いやよく頑張ったよ」
「ピュピュ」
メルとラッチが感心していると、
「いえあの、ムサシ君もいろいろ頑張って
くれたと言いますか……」
「ア、アンナさん。
今その話は―――」
そこでメルと、外の伝声管からアルテリーゼが
食い付いてきて、
「お? 何かな何かな?」
『我も興味があるのう』
「ピュウ~」
そこで二人は顔を真っ赤にしてうつむき、
「こ、ここではちょっと……」
ボソボソとしゃべるアンナ様に対し、
「なるほど。
では後で女子会を開くとしましょう」
『帰ってからのお楽しみじゃの♪』
私とムサシ君は二人して微妙な表情になり、
その手の話はそこでお開きとなった。
「えーと……
ただいま戻りました?」
公都『ヤマト』に到着後、私はすぐに
冒険者ギルドへ報告しに向かった。
道中、あちこちでシャボン玉を吹く子供たちを
見ながら―――
目的地の建物を扉をくぐる。
応接室に通された私の目に入ってきたのは、
白髪交じりの筋肉質のアラフィフと、同じように
グレーの白髪交じりの男性、
そしてアラサーくらいの赤い短髪の男性……
ギルド本部長と支部長、そしてアラウェンさんだ。
「あなたが―――
僕の眷属を解放してくれた人?」
声の先を見ると、薄茶の長髪に白いローブの
ような衣装をまとった子供がいた。
少年にも少女のようにも見えるが……
「えっと、あの―――
こちらは風の精霊様だそうです。
シンさんにお礼をしたいという事で
案内して来ました」
「お礼?」
とアラウェンさんに言われたところで、
心当たりは無い。
そこで彼は説明し始めた。
「……なるほど。
私がマルズ国で破壊した、魔力収奪装置―――
そこから管で繋がっていた先に、風精霊様の
眷属が囚われていたと。
私がそれを引っこ抜いたので、解放されたと
いうわけですか」
(■110話
はじめての まるずこく(おうと)参照)
改めて、あの装置の説明を諜報部隊の隊長から
受けたが……
魔力を吸収するにも動力源が必要で、
そのエネルギー源として複数の生き物や人間・
亜人が拘束されていたそうで、
しかもその機能はバックアップのような
用途も兼ねてあり、
拘束した半分は動力源として、もう半分は装置が
何らかの原因で停止した際、再起動させるために
あったらしい。
無効化させた後、気になって全部引っこ抜いたん
だけど……
それで拘束されていた彼らは脱出。
その中に風精霊様の眷属もいて―――
解放された眷属から事情を聞いた精霊様は、
私にお礼を伝えに来た、との事だった。
「それは―――
わざわざご丁寧に。
眷属の方は大丈夫だったんでしょうか」
「弱っていたけど、今は元気だよ?
僕と一緒にし返しも出来たしね!」
胸を張って鼻息荒く語る風精霊様。
すると、アラウェンさんがばつが悪そうに、
「あー……
シンさんが来る前に話したんですけど」
彼はそう言って語り始めた。
「ふーむ……
魔族との交易を視野に、か」
「王都・サルバルの件で我が国は―――
求心力を失墜させておる。
利用出来るものなら利用せねば」
「連邦各国の反応も、獣人族誘拐も相まって
楽観出来ん状況だ」
アラウェンが『お土産』を持って帰還後……
某所に於いて、国の中枢と思われる人物が
集まり―――
彼の報告を受け、今後の方針を模索していた。
高価な調度品が並べられた部屋、その中央の
長テーブルに座る、豪華な装飾品や勲章らしき物を
身に着けた貴族・軍人の面々。
そんな彼らが、口々に意見や案を出し合っていた。
「それで―――
エンレイン殿下の処遇はどうする?」
「首都・サルバルが救われたのも、
殿下が『万能冒険者』に依頼したおかげだ。
下手な情報操作は却って危険だと思われる」
「それに、ロバウム侯爵経由で……
ワイバーンの女王が結婚を所望しているとの
情報が入っている。
王族も当然、侯爵から同様の報告を受けて
おられるだろう。
扱いは慎重にならざるを得ない」
赤髪の諜報部隊隊長の前で、議論は続く。
「しかし、ワイバーンの女王が殿下と結婚するので
あれば―――
独立を企む各国へのけん制にもなる」
「引き続き連邦に属するのであれば、
関税の引き下げなど提案してみればどうだ?
そして完全な独立は、ワイバーン300体を
率いる女王と結婚した国と、敵対する可能性が
あると揺さぶりをかけるのだ」
「硬軟両面か。
悪くはない」
そこでアラウェンはおずおずと手を上げて、
「それでですね、あの~……
もう『一派』の事なんですが」
それは、彼の懸念であり危惧―――
今回、ほぼウィンベル王国の要求を一方的に
飲むような形になった場合、それを良しとしない
勢力が動く可能性である。
実際に彼の部下であるルフィタが暴走した
ケースもあり、その確率はゼロとは言えなかった。
「(特にあの連中は荒っぽいからなあ。
大人しくしているとは思えないし、
そうじゃなくても、誰かが指示を出したり
すると―――)」
アラウェンの心配に対し、上層部と思われる
メンバーの一人が、
「お前が言っているのは―――
暗殺や誘拐を主に行う部隊の事だろうが、
その連中と連絡が途絶えているのだ」
「はい?」
予想外の回答に、彼は間の抜けた声を出す。
「お前も諜報部隊の隊長だろう?
知らないのか?」
「い、いえ。
自分はウィンベル王国の公都から戻ってきた
ばかりで―――」
すると他のメンバーがため息をつき、
「右手の現状を左手が知らないのか。
大きくなり過ぎた組織の弊害だな」
「正確には、拠点が壊滅したと聞いている。
ちょうど王都・サルバルの件が落ち着いた頃だ。
連中の潜伏先が、片っ端から潰されたらしい」
アラウェンがさすがに焦燥した表情になる。
「どうしてそのような事に―――」
「恨みを持たれてもおかしくない任務だからな。
王都の件のどさくさに紛れてやられたか」
「今後、そっち方面は大人しくせざるを得んが……
いたところで、今は動かす理由も無い」
「現在、軍に調査を命じておる。
言うまでもないが、お主は手を出すな」
その言葉に彼はうなずく。
暗殺・誘拐・破壊工作が主な任務という事は、
それだけの『戦闘能力』がある連中が揃って
いたという事でもある。
それを壊滅させる勢力がそれ以下である
わけがない。
彼は一礼すると、一人部屋を後にした。
「参ったな……
次々といろいろ起こり過ぎて」
報告を終えたアラウェンは―――
すでに月夜となり、人通りの少なくなった
王都の中を、
歴戦の猛者といった風貌の、多少白髪が
混じった灰色の短髪のアラフォーの男と、
薄茶のショートヘアーをした、まだ少女のような
外見の女性―――
部下二人と合流し、自分たちの『拠点』へ向けて
歩いていた。
「そういや連中、貴族や豪商から金を受け取って、
勝手に『仕事』をしていたフシがあります」
「そういう意味では、ちょうどいい厄介払いが
出来たって事でいいんじゃないですか?」
フーバーとルフィタの言葉に、彼は天を仰ぐように
視線を上へ向け、
「他人事みたいに言ってるけどなあ……
汚れ仕事って意味じゃ、俺たちもあまり
変わらねーぞ?」
自嘲気味に語るアラウェンの視界に、何かが
入ってきた。
「……鳥?」
その『鳥』は近付くにつれ―――
姿を明確にしていく。
長い胴体、細い腰、そして頭部はクチバシのある
それではなく、
「半人半鳥か!?」
「こんな街中で、どうして!?」
部下たちが困惑する中、彼女『たち』は
三人を取り囲むようにして舞い降りる。
ほとんど音らしい音も立てず、着地した
亜人の集団は、アラウェンたちの顔を
ジロジロと見つめ、
「この人間もあいつらの仲間?」
「でも、仲間をさらった人間とは匂いが違う」
「あ!
確かこの人、獣人族の子供たちを助けて
いたような」
品定めのように話すハーピーのような外見の
亜人たちの中から、白いローブを着た美しい
少年か少女がわからない子供が歩み出て、
「……違うっぽいね?
この人間は敵じゃないみたいだ」
それが、風精霊とアラウェンたちの出会いだった。
「まあ、というわけで……
一応今回本国がやらかした件で、我々が
獣人族の子供たちの救出やら何やらで
動いていたのは確かなので。
つまり、敵の敵―――
という事でお目こぼしされたのかと」
アラウェンさんが頭をかきながら、
申し訳なさそうに語る。
「で、あの魔力収奪装置を壊し―――
眷属を助けてくれた人物について聞かれ、
この公都までご案内したわけです、ハイ」
まあ拒否権は無かっただろうしな……
しかし、やられたらやり返すタイプなのか、
風精霊様。
「しかし、その半人半鳥の種族が
眷属だったのですか?
この公都にその眷属も来ているんで
しょうか」
「んー、彼女たちは普段山奥に住んでいるから?
別にココを襲いに来たわけじゃないし」
氷精霊様の眷属は、
その出現を彼女に制御されていたような気が
するけど……
それを言うと土精霊様の場合はきちんと肉体がある
山猫だったしなあ。
眷属と言ってもいろいろあるのかも。
「それでね?
お礼なんだけどさ」
「いえ、お礼なんて……
同じ人間がした事でもありますし。
出来れば、これ以上の報復を控えて
頂ければそれで」
すると、風精霊様は空中を泳ぐように縦に
一回転して、
「別にいいけど?
それに―――
どっちにしろ、もうあの辺りは僕が
手を出さなくたって」
「ありがとうござ……ん?」
何か不穏な言葉が出てきたので、思わず
聞き返す。
「手を出さなくても、とは?」
その問いに、精霊はチラ、とアラウェンさんの
方を一度見てから、
「あそこの西の方からね?
ハイ・ローキュストの群れが迫っているんだ」
「ハイ・ローキュストの……群れ?」
その話に、ジャンさんが身を乗り出す。
私も、ハイ・ローキュストの相手をした事は
あった。
だがその規模は、せいぜい10~30匹で―――
「もしかして―――
その群れというのは、千匹や2千匹では
きかない数ですか?」
「そうだね?
あ、公都は気に入っているし、
もしここまで来たら僕が守ってあげるから。
ここ、美味しい物や面白い物がたくさん
あるからねー。
じゃ、僕はこれでー」
そのまま、フィっと風精霊様は扉を開けて
退室し―――
後には、重苦しい空気と人間四人が残された。
「では、ハイ・ローキュストの大群に対する
緊急対策会議を始める」
ライさん―――
王都冒険者ギルド本部長にして、正体は前国王の
兄が、中心となって話を進める。
他にジャンさんと、黒い短髪と褐色肌の青年……
次期ギルド長のレイド君と、
その妻としてギルド職員でもある―――
丸眼鏡にライトグリーンのショートヘアの女性、
ミリアさんも参加していた。
当然、私の妻であるメルとアルテリーゼもいる。
「以前、運び込まれたものは異常個体と思って
いましたが」
「わたくしも見た事はありませんでした。
ドラゴンを本能的に避ける性質なのかも
知れません」
長い白髪の夫と、それよりも白いシルバーの長髪の
妻が、続けて意見を述べる。
パックさんとシャンタルさんだ。
「よりにもよって、今の世に出るか」
ベージュのような薄い黄色の……
撒き毛の短髪を持つ5才くらいの少年の
外見をした、魔王・マギア様がつぶやく。
「厄介ですね。
前に出たのはいつ頃でしょうか」
「アレ、わらわのところには来ないから
わからないんだけど……
寒いからかな?」
そして10才くらいの、サラサラした緑の髪と
エメラルドグリーンの瞳をした少年と、
透き通るようなミドルショートの白い髪をした
12・3才くらいの外見の少女―――
土精霊様と氷精霊様も参加していたが、
どう見ても姉と弟二人といった感じだ。
「では……
ボーロさん、改めて説明をお願いします」
本来、自分の『能力』を知る人たちだけであれば、
支部長室で話が行われるのだが―――
応接室で話す理由が『彼』であった。
近場で香辛料を見つけ、提供してくれた……
二メートル近い体格の割に耳が小さめの、
丸っこく太った熊タイプの獣人族。
彼がこの場に参加したのは―――
風精霊様がハイ・ローキュストの脅威を告げた後、
アラウェンさんを始め、部下二人と共に急いで
マルズ国へ引き返す事になったのだが、
公都に滞在していたエンレイン王子と、
妻(予定)であるワイバーンの女王・ヒミコ様も
一緒に向かう事になった。
緊急事態なので、彼らをワイバーンに乗せて
送るためと―――
今ここにいるワイバーンだけでも戦力として
支援するためである。
ちょうど公都にいたワイバーン数体と共に、
エンレイン王子はヒミコ様が、アラウェンさんは
『ハヤテ』さんが、フーバーさんとルフィタさんは
『ノワキ』さんが乗せて飛び立った。
現状、パニックになるのを防ぐため情報は
シャットアウトしていたが、当然、それなりに
騒がしくなり、
その騒ぎを聞きつけたボーロさんが、
『もしや』と駆け付けてきたのであった。
「俺のじい様の、そのまたじい様の時だと
聞いているだて……
多分100年前かそれくらいだと思って
頂ければ。
赤黒いハイ・ローキュストの群れが、
空を覆うほどの大群となって、森でも林でも
木や草があるところは全部、食われちまったと
いう話だべ」
先日、香辛料を取るために魔物鳥『プルラン』の
生息地巡りに同行していたのだが、その時に襲って
きたのが、赤黒いハイ・ローキュストだった。
(113話 はじめての かれー参照)
「あれはただの昔話であり、気のせいだと思って
いただべが……
もっと早くお伝えするべきでした」
頭を下げるボーロさんに周囲は困惑するが、
ジャンさんが私の方を向いて、
「シン。お前の故郷で―――
こんな事はあったか?」
「蝗害という名であるにはありましたが……
何が原因で、いつ発生するのか全くわかって
いません。
大群になってからようやくわかるくらいで、
気付くのも非常に難しいです」
遠回しに、ボーロさんを擁護する。
「魔族領は、環境が厳しいのか被害に遭った記憶は
無いが……
一度、それで壊滅した国を見た事がある。
悲惨の一言に尽きた」
マギア様が両目を閉じて語る。
「シン、それで―――
お前のところではどうやって対策を?」
ライさんが解決策を求めるが、私は首を
左右に振り、
「ありません。
とにかく……数が問題です。
最新の武器だろうが何だろうが、どうあがいても
数は減らせません」
それを聞いた、公都組のメンバーの顔色が変わる。
自分の能力。
そして異世界の知識。
最も頼りにし、期待していた人間の答えに―――
絶望したのがわかる。
「それでも、何もしないわけにはいかん。
シンのところでやっていた対抗策は、
何か無いのか?」
「……せいぜいが、住人のいる場所を防御する
だけでしょう。
連中は植物性の物なら何でも食べます。
石や土で出来た建物なら、まず大丈夫かと。
そこに住人を避難させます。
地下があればなお良い」
「うむー……」
ジャンさんがアゴに手をあてて考え込む。
「そして向かってきたローキュストだけを
迎え撃つ。
夜間、習性を利用した対応策はありますが、
これは今回使わない方がいいでしょう。
長期戦になった場合、人手が足りなくなります」
返事はなく、フー、と息を吐くのが聞こえる。
「……消極的ですが、数億、数十億の群れに
対処するには、それしかないかと」
するとレイド夫妻が、
「ん?」
「へ?」
と間の抜けた声を上げ、
「お、億!?」
「そんなの、どうあがいても―――」
パック夫妻がソファから立ち上がる。
「シ、シンさん。
俺は億なんて話は聞いた事ねぇだが……
さっきの話も、数十万匹とか聞いているし、
それも昔話で数を大げさに盛っていると思って
いたくらいだべ」
ボーロさんがオロオロしながら話し、
「ボクも、何度かハイ・ローキュストの大群を
見た事はありますけど……
せいぜいが10万に届くか届かないかだと
思います。
億なんて数はとても」
土精霊様も、やんわりと否定するように説明する。
確かにそうかも知れない。
地球と同じ感覚で考えていたけど、こっちでは
一メートル超の巨大バッタなのだ。
それがまとまって数億数十億もいた日には、
移動すらままならないだろう。
魔法うんぬんというより、物理的な問題だ。
飛ぶにしろ走るにしろ、移動スペースを確保
しなければならないからな……
「なるほど……
小さな生物の集合体として見るのではなく、
動物の大群の移動と同じように見れば
いいか……?
それなら、何とかなるかも知れません」
私の言葉に―――
室内の全員の視線が集中した。