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音は、ずっとそこにあった。
俺が消したと思っていた声も、
危険だと判断した叫びも、
全部、消えてなんかいなかった。
ただ――
聞かせなかっただけだ。
街は今日も騒がしい。
人は怒り、泣き、笑い、叫んでいる。
それでも、俺の端末は沈黙したままだ。
通知も、指示も、命令もない。
俺は役目を終えたのだと理解した。
通行人の前に立つ。
「 ……聞こえるか? 」
誰も反応しない。
俺はここにいる。
触れられる距離にいる。
それでも、誰にも認識されない。
背後で、かすかな笑いがした。
振り返ると、
そこに立っていたのは――
これまで俺が消してきた人間たちの影が重なった存在だった。
「 気づいたか? 」
声は聞こえない。
それでも意味だけは、頭に流れ込む。
「 選別者は、悪役じゃない 」
胸が、締めつけられる。
「 もっと単純だ 」
影は俺を見下ろす。
「世界が壊れないように、声を消してきた?」
違う。
「世界が壊れないように、 壊れていることに気づかせない役目だった」
足元が、崩れる感覚。
俺がやってきたことが、 一気に反転する。
危険な声も、助けを求める声も、怒りも、疑問も、 全部、俺の手で“なかったこと”にされたのだ。
だから世界は、静かだった。
だから、壊れなかった。
「 役目は交代だ 」
影が、静かに言う。
「 今度は、君が―― 」
言葉は、最後まで聞かせてもらえなかった。
世界が裏返る。
街の雑音が、突然意味を持つ。
叫びは警告だった。
怒号は限界だった
泣き声は最後の合図だった
すべて、俺が消した
影は、もういない
代わりに、端末が震えた
新しい通知が、ひとつだけ表示される
《選別開始》
対象: 全人類
俺の名前は、もうどこにもなかった。
それでも、指は動く。
画面をタップした瞬間――
世界から、音が完全に消えた。
視界だけが残った。
声も、意味も、誰の心にも届かない。
俺は、世界とともに、
静寂の中に沈んでいった。