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公爵家の玄関口では、サロンには出席しなかったフィナンシェが姿を見せた、という話で一部の人間が騒ぎ始めた。

はじめはごく少数だったのが、次第に波のようにその場へ広がって……。そしてついにはフィナンシェの夫、クレムの耳にも入る事となった。


『……おかしいな……。今日は客人が帰るまで、本館には顔を出さないようにと言っておいたはずなのに。彼女もそれを了承していたのだが……やはり、ショコラの事が気になって来てしまったのだろうか??』


不安を感じたクレムは、ファリヌに声を掛けると急いで別館へと戻った。フィナンシェがいるはずの、その場所へと……。



一方、兄に頼まれて執事セーグルのもとへと行っていたソルベが、玄関口まで帰って来た。彼は兄の姿を探すのだが、どこにも見当たらない。この場が何やら混乱しているせいだろうか……。

ソルベはショコラの執事であるファリヌを見付けると、尋ねてみる事にした。


「すみません、うちの愚兄あにを見ませんでしたか?」

「侯爵様ですか?そういえばお見掛けしていませんね。目立つ方ですが、本日の招待は殿方ばかりですので、埋もれてしまったのでは……」


ファリヌも気になり、ぐるりと周囲を見回してみる。広い玄関付近は混雑していて何とも捜し辛い。だが、やはりいないようだ。

それからもう一つ。気付いた事がある。


「……ショコラ様?」


なぜか彼女の姿までもが見えない。これは一体どういう事か……。

するとそこへ、お盆にお茶を載せたミエルがやって来た。


「あの、グゼレス侯爵様はどちらに?熱いお茶をと申し付けられたのですが……。」


そこでファリヌとソルベは顔を見合わせた。

……“熱いお茶”を淹れるためには、どうしたって数分間この場を離れなければならない……。それはつまり――…

ソルベはみるみるうちに青ざめて行く。


「…また撒い……ッ‼」


そう口走ると頭を抱え、彼はうずくまってしまった。騎士団において事件捜査で有能さを発揮する兄は、方になっても有能だったのだ……!!


『フィナンシェ様に何かするのではと思っていたのに、まさかショコラ様の方に……⁉一体何を考えているんだよ、兄さん!!!』


ならば今玄関で起きている混乱も、恐らくはグラスが仕掛けたものだろう。……それから、忙しくしている執事の目を盗み侍女まで遠ざけた。

そうやって――彼はどこかへショコラを連れ出したのだ。


「ミエルさん!お茶はいいですから、すぐにショコラ様を捜してください‼」


あのファリヌが焦っている。訳も分からないまま、ミエルは頷いた。ソルベも頭を上げ、立ち上がった。


「私も手伝います!」

「お願いします、グゼレス子爵。」


――この公爵家の屋敷の中で、何か危険に巻き込まれるとは思いもしなかった。やはり、グゼレス侯爵は招き入れるべきではなかったのだ――…

そうファリヌが思っていた、その時。

捜し始めようと動き始めた三人の前に、当のショコラがふらりと戻って来たではないか。ファリヌは急いで駆け寄った。


「ショコラ様‼誰にも告げずに一体どこへ行かれていたのですか⁉心配したのですよ!!」

「ああ、ファリヌ。ごめんなさい。外で少し侯爵様とお話しをしていて……。」


声を荒らげるファリヌに対し、ショコラはけろりとした顔をしている。とりあえず、無事ではあるようだ……


「あのっ、兄が何か無礼を働きませんでしたでしょうか⁉」


焦ったようにソルベもやって来た。


「いいえ、特には…あら、そうでしたわ。侯爵様が、先に馬車へ戻っているとおっしゃっていました。」

「公爵令嬢に言伝だなんて……申し訳ありませんっ‼本日はこれで失礼いたします!」


彼は恐縮しながら、勢いよく頭を下げる。そして来た時と同じように大急ぎで走り、帰って行ったのだった。


『……ソルベ様、本当にご苦労なさっているのね……。』


ショコラはしみじみと思いながら、その後ろ姿を見送った。


――その後。

当然の事ながら、彼女は行方をくらませていた間の事をファリヌに問い質された。そこでショコラは、さっきまでの事を改めて思い返してみたのだ。


「それが――…」






人気のない所まで行き二人きりで話していると、グラスが真顔で近付いて来た。


「ショコラ嬢、私はね……」


――しまった。と、思った。相手は何を考えているか分からないグラス。迂闊だった。誰かを連れて来るべきだったのではないか、と――…

野生の勘のようなものが働いたショコラは、思わず後退りをする。


「貴女を、私の味方に付けようと思っているのですよ。」


にっこりと笑ってグラスはそう言った。


「はい???」


予想もしない言葉に、ショコラの頭は固まってしまった。…「味方に付ける」、とは……??


「あなた方三人を見ていて思ったのです。フィナンシェ様は、貴女をかなり大事になさっている。その貴女は、ヴェネディクティン伯爵にずいぶんと懐いておられるようだ。――と、いう事は……貴女の信頼を得て親しくなれば、おのずとフィナンシェ様の心もこちらに向くという事ではないだろうか?とね。」


ショコラはポカンとした。

……間違ってはいない……が、間違っているような気がする。


『それは……努力の方向性が違うのではないかしら……』


さすがの彼女もそう思った。今から関係性を構築して行こう、と言うのならまだしも……。なぜ自分と????

いくら何でも、溺愛する妹に薦められたからといって、今の夫と離縁して別の相手と再婚したりなどするだろうか……いや、あの姉ならばやりかねない。が、しかし……。


「…でも、お姉様はご自身で良いと思われた方と結婚なさったのですよ?そんな簡単に上手く行くとは思えません。」


少し身構えるようにして、反論してみる。グラスはよほど自信があるのか、笑顔のままだ。


「ショコラ嬢。人の心というのは、移ろうものなのですよ。」

「そう……なのですか?」


ショコラは小首を傾げ、考え込んでしまった。例え“そう”だとしても……


「そんなわけで。これから仲良くして行きましょうね!」

「ううーん……」


どうしよう……。ショコラは悩んだ。これは何と答えるべきだろうか……。


「では一つ、お約束します。貴女に懐いて頂けるまで、フィナンシェ様には必要以上に近付きません。これで信用して頂けますか?」


返答に迷う彼女にグラスは胸を張って宣言するが、やはり何かがズレていた。けれど本人は、それに全く気付いていないらしい。


「ですから今度は、サロンや……他にも何かあれば、是非私も招待してくださいね。」


満足そうな笑顔でそう続けるグラスを見て、ショコラは再びぽかんとしてしまった。

しかし、それから次第に笑いが込み上げて来た。


「…ぷふっふふふっ…。」


今まで……というより、フィナンシェたちの結婚式の時まで、あんなに彼の事を警戒していた自分が急にばかばかしくなってしまったのだ。


『この方は……こういう思考回路を持っていらしたのね……。何だか、あんまり心配する必要なんてなかったみたい。』


急に笑い出したショコラに、グラスは驚いた様子である。笑うような事を言っただろうか??と頭の上にいくつもの疑問符を飛ばし、理由が全く分からないという顔をしている。


「???ショコラ嬢?」

「――ご、ごめんなさい…。ええ、分かりました。今度はきちんとご招待いたしますわ。」


そう言うと、グラスは分かりやすく喜んでいた。そんな顔を見ながらショコラは思った。


『……侯爵様には悪いのだけれど……これって、私がこの方に懐かなければ成立しないお話なのよね。申し訳ないけれど、その予定は無いし。まあ……それで気が済むのなら、有難いお話かもしれないわ。』






「…――そういう訳で、これから侯爵様が度々ここへいらっしゃる事になると思うのだけれど、何も心配はいらないわ。ファリヌの言う通り、放っておいてもよかったみたい。何だか私、むしろすっきりした気がするわ!」


ショコラの表情は晴ればれとしている。――が、その言葉を聞いたファリヌはそうでもなかった。


『侯爵も侯爵だが……ショコラ様も大概だな……。』


彼は大きく溜息を吐いた。


公爵家の玄関口には、“グラスの起こした混乱”が未だ残ったまま。……さて、これをどう収めたものか……。頭が痛い。

そんな自分とは対照的に、ショコラは楽しそうにしながらもすでに別の事に目が向いているようだ。


「ねえファリヌ!サロンは定期的に開くものなのよね?次は何にしようかしら。今回はどうもあまり上手く行かなかったようだから、二回目は全く違う事をしようと思うの!そうねえ……お客様も殿方ばかりだったし、次はもっとご令嬢方もお呼びしたいわ。……それだと内容が絞られるわね……考えるのも、手伝って頂戴ね!」


こちらの気も知らず無邪気に……。彼女の様子を見たファリヌは、半ば自棄のように答えるのだった。


「……〰〰かしこまりました、ショコラ様‼」

姉が絶世の美女なので、

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