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第9話:虚ろな願い
次のフィールドは、崩れかけたコロシアムだった。
割れた石壁、折れた柱。観客席は苔に覆われ、夜空の月が天井の裂け目から降り注ぐ。
まるで「舞台」のように、血の闘技場が広がっていた。
水瀬 翔子は立ち上がり、胸を張った。
長い茶髪をツインテールに結び、光沢のある派手な衣装をまとっている。
その姿は、夢に描いた“アイドルのステージ”と重なっていた。
「……ここが、私の場所かもしれない」
遠藤 蓮、相原 凛、高城 翔、真田 玲央、森下 瑠衣――仲間たちは背を合わせ、敵を警戒していた。
対峙するのは矢吹 隼人。短髪のボクサー。鋭い眼光を光らせ、両拳を赤く腫らしながら笑みを浮かべる。
「逃げ場はねぇ。お前らまとめて潰す」
矢吹が砂塵を蹴り、弾丸のような拳を放った。
翔が受け止めるが、衝撃で腕が軋み、骨が悲鳴を上げる。
「ぐっ……重ぇ……!」
矢吹の追撃。血と汗が飛び散る。玲央の戦術も、凛の応急処置も追いつかない。
その時、翔子が一歩前に出た。
「……私がやる」
煌めく笑顔。だがその瞳は決意で濡れていた。
「みんな、夢を叶えたいんでしょ? だったら、ここで止まらなきゃ」
蓮が叫ぶ。「待て、無茶だ!」
だが翔子は振り返り、無邪気なアイドルのようにウィンクした。
次の瞬間、翔子は自らのランタンを掲げ、矢吹に突進した。
眩い光が闘技場を照らす。
矢吹の拳が唸りを上げ、翔子の腹部を貫いた。骨が砕け、肉が裂ける音が響く。
「っ……は……」
それでも翔子は笑顔を崩さない。
血に濡れた口元で、かすれた声を絞り出した。
「これが……私の、最後のステージ……だから……」
力を振り絞り、ランタンを矢吹の顔面に叩きつけた。
爆ぜる光と熱。矢吹が顔を覆い、呻き声を上げる。
「今だ、逃げろッ!」
蓮たちは翔子の叫びに従い、一斉に出口へ走った。
背後で、翔子の身体が崩れ落ちる音が響く。
闘技場に残されたのは、血に濡れた舞台と、ひとりの少女の笑顔の残像だった。
虚ろな願い――アイドルになる夢は叶わなかった。
だがその歌声は、仲間の心に深く刻まれた。
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