テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
自分に言い聞かせて、逃げるようにソファに座り直す。
しばらくして、モニターの灯りが消え、足音が遠ざかっていく気配がした。
(……よかった)
何が「よかった」のかは、自分でも分からない。
けれど、言いつけを守れた安堵感で、胸の鼓動が少しだけ落ち着いた。
そのまま、僕はソファに体を預け、テレビの音をBGMに目を閉じる。
ゲームの電子音が、だんだん遠く、子守歌みたいに聞こえてきて───
気づいたら、うとうとしていた。
夢の中で、誰かが僕の名前を呼んでいた。
「……樤」
優しくて、柔らかくて、僕を全肯定してくれる安心する声。
目を開けたとき、部屋は夕闇に包まれていた。
まだ卿は帰ってきていなかったけれど、手元のスマホには、いつの間にか通知が届いていた。
『今帰ってるよ。』
その短い文字列を見ただけで、凍えていた胸がじんわりと温かくなる。
「気を、つけて、ねっ…と」
僕は指先を震わせながら返信を打ち、帰ってくる恋人を待つ時間を、もう一度、大切に抱きしめた。
でも、そのとに、夜ご飯の準備をしていなかったことに気が付き
僕は弾かれたように立ち上がり、卿が帰ってくる前に急いで、彼の好物を作り始めた。
◆◇◆◇
数十分ほどして、玄関から音がした。
聞き慣れた足音。カギを開ける金属音。
そして……扉が開く音。
「ただいまー! ゆず〜……」
僕は、二人分のオムライスが出来上がったところで火を止め、エプロン姿のまま玄関へ駆け寄った。
「おかえり!」
パタパタと小気味よいスリッパの音を立てて迎えると、卿は仕事の疲れを微塵も感じさせない柔らかな笑みを浮かべていた。
少し乱れたネクタイを緩めながら、「ただいま」ともう一度言ってくれる。
その声を聞くのが嬉しくて、つい頬が緩む。
「あっご飯できてるよ、オムライス! お風呂まだ沸かしてないから…先に食べてくれる?」
「本当? 嬉しいな……」
「それにね、今日は特別! チーズ入ってるの!」
「うわ最高じゃん。ありがとうね」
卿は愛おしそうに俺の頭に手を伸ばし、軽く髪を撫でてくれた。
触れられるだけで、日中の心細さが嘘みたいに霧散していく。
「でも、ご飯の前に…ゆずがいいな」
そう言ったかと思えば、腰を引き寄せられ、熱い吐息が耳元を掠めた。
「今日も、いい子にしてたんだ?」
「……うん、いい子で待ってた!」
小さく笑いながら返事をする。
卿は「ほんっと…可愛いんだから」と、骨がきしむほど強く抱き締めてくれた。
彼の匂いに包まれて、世界が彼一人で満たされていく。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!