翌朝、かねてから試してみたかったことがあったので試すことにした。だが、それには協力者が必要だった。
その協力をシラーにお願いしようと思い、まずはシラーに時空魔法のことを何処まで知っているのか改めて確認した。
「旦那様にお嬢様は特殊な属性持ちだが、他言無用と仰せつかっております」
シラーはそう答えると、大きく頷いた。その表情はなんだか『私にお任せください、私はお嬢様の味方です』とでも言いたげな顔だった。
「では、どういった魔法が使えるかまでは知らないのね?」
と訊くと、シラーはキョトンとした顔をしたあと、自信満々に答えた。
「存じておりますよ? 時空魔法で移動ができる魔法なのですよね!」
確かに間違いないのだが、それはわかっていないに等しい答えだった。全てを説明するとなると、万物の理から説明する必要がありそうだったので、アザレアは少しずつ覚えてもらうことにして、細かい説明は省いた。
「ざっくり言うとそう言うことですわ。それで今ちょっと試したいことがあるから、手伝ってもらいたいの」
シラーは満面の笑みになった。
「お嬢様のお手伝いができるなら、なんでもいたします。それに稀少な魔法を実際にみせていただけるなんて、こんなに嬉しいことはありません」
と胸の前で手を組んで、目をキラキラさせてアザレアを見つめた。眩しい、なんて良い子なのだろう。改めてシラーが侍女で良かったと思う。
「シラー、ありがとう」
アザレアはシラーの手を取った。そして
「では、ちょっとロングピークまで移動しますわよ?」
と言った。シラーは呆けた顔をしていたが、かまわず、ロングピークへ一緒に移動してみる。一瞬で景色がロングピークの邸宅の自室に変わる。そして目の前にシラーもいる。成功だ。
「二人同時に移動できましたわ!」
アザレアが言うとシラーは混乱を極めた様子になった。
「わわわわた、おじょ、うさま、移動したのですか?」
そう言いながら、つかんでいるアザレアの右手を自分の胸元に抱え込みキョロキョロしている。
「落ち着いて、そうよ? ロングピークへ移動したの。じゃあ今度は鉱山の悪趣味な小屋へもどるわよ?」
と言い、鉱山の悪趣味な小屋へ、シラーと共に戻ってきた。
「えっ? もうもどったんですか? え? は? 凄い! 凄いです!!」
シラーは非常に興奮している。可愛い。シラーのお陰で他の人をつれての移動が可能であることがわかった。これは大変便利な仕様だ。
「シラー、協力ありがとう。助かりました」
シラーは、まだ興奮覚めやらぬといった感じでアザレアの手を両手で包み込んだ。
「とんでもございません、私こそ貴重な体験をさせていただきありがとうございます!」
実験に付き合わされたと言うのに、シラーは本当に素晴らしい女性だとつくづく思う。
その後は、久々に読書だけして過ごした。最近は忙しく動いていたため、ゆっくり過ごせなかったのでのんびりしたかった。
それに、夜にある計画を立てていたため、休んでおく必要もあった。
夕食をとり、王宮図書室へ行くとテーブルで読書をしているカルが目に入る。
「こんばんわ、お待たせしてしまったかしら?」
カルは本から視線を上げると、とびきりの笑顔を見せた。
「なんだか、凄い長い間会っていなかった気がするね」
アザレアも笑顔を返す。
「本当にそうですわね」
アザレアはカルに近づき手を取って言った。
「カルにお話ししたいことがありますの」
カルは首をかしげ、話の先を待つ。
「いずれ国王からお話があると思いますけれど、自分の口から話したくて。実は私、時空魔法を操ることができるみたいなんですの」
カルは微笑むと、頷いて答えた。
「そうなのではないかと思っていた。きっと君なら私にちゃんと話してくれるだろうと信じていたから、私から訊くことは避けていたが」
カルは手を伸ばし、アザレアの頬にかかる髪の毛を耳にかけた。
「話してくれてありがとう」
アザレアはその言葉に頷いた。
「こちらこそ、信じて待っていてくれてありがとう」
そう言うと、しばらくお互いに見つめ合ったのち、カルはアザレアの頬を撫でながら言った。
「君が時空魔法でどこへでも行けるとわかったこのタイミングで、私から君に一つお願いがある。これからは幻覚としてではなく、正式に私に会いに来てくれるかい?」
アザレアは微笑んで頷いた。
「そうか、嬉しいよ」
アザレアは少し恥ずかしくなり、それを誤魔化すように話し始める。
「それで、あの、いつもカルにはお世話になってますから、今日はお礼として連れていきたい場所がありますの。よろしいかしら?」
カルは驚いた顔をして言った。
「ここから出るのかい?」
アザレアはゆっくり顔を横に振る。
「大丈夫、馬車もなにも使いません。そこのドアからはでませんので」
と、微笑むと、カルの両手をつかんだ。そして、時空魔法を使った。一瞬で目的地に着く。
カルは周囲を見渡し、驚き、言葉を失なっている。
「暗いので少し明かりをつけますね」
と、小さな火球を出す。フワッと少しだけ辺りが明るくなり、辺りの木々が照らし出された。
そこはアザレアが子供の頃、リアトリスと夏に良く来た思い出の場所だった。心地よい風と木々の匂い、正面には大きな湖があり、月の光で水面がキラキラしていた。空には多くの星が瞬いている。
「今日は気分を変えてここでお話ししませんか?」
そうカルに言うと、カルは笑顔で言った。
「いいね」
湖の岸辺にほどよい倒木があったので、二人でそこに腰掛け星空を見ながら話す。
「昔、お父様に良く連れてきてもらった場所なんですの。私が生まれてすぐにお母様が亡くなったので、|私《わたくし》に寂しい思いをさせないように、たくさんの思い出を作ってくださったのですわ」
カルは微笑みながらアザレアの話に頷いた。しばらく沈黙したのち、今度はカルが思いきったように話し始めた。
「私の父上と母上は、私に対し世継ぎとして厳しく接していた。それに、私はその立場上我慢しなければならないことが多かったから、小さな頃は父上に反発したりもしたよ」
カルはこちらをみて微笑み一呼吸おいて続ける。
「だが、ある日どうしても欲しいものができて、絶対にそれを手に入れようと思った。そのときそれを知った父上から『それを手に入れたければしっかり自分の成すべきことをしろ、まずはそれからだ』と言われてね、そこから頑張って今があるんだ」
アザレアはカルが反発していたなんて知らなかったので驚いた。昔からパーフェクト王子というイメージしかない。
「そんなことがありましたのね、知りませんでした」
カルは微笑んだ。
「王宮も躍起になって、できの悪い王子のことを隠したからね」
アザレアはひとつだけ気になったことを訊いた。
「その欲しかったものってなんですの?」
するとカルは照れくさそうに笑うと答えた。
「アレキサンドライトが欲しかったんだ」
と、アザレアの瞳を見つめた。アレキサンドライトならカルなら簡単に手に入れられそうなものだが、不思議そうにカルを見つめていると、カルは続けて言った。
「世界でもひとつしかない唯一無二のもので『努力すれば手にすることを許す』と父上とは約束している」
アザレアは、そのアレキサンドライトを見てみたくなった。
「もしも手に入れることができたなら、私にも見せてもらうことはできますか?」
カルは笑顔で答える。
「君も見たことあると思うけどね、もちろん良いよ」
アザレアは小指を差し出した。
「約束ですよ?」
と言うと、カルはその小指に自分の指を絡めた。
「約束する」
そのまましばらく沈黙していると、突然湖面が明るく光だす。そして光の粒が月夜へ舞いあがり、えもいわれぬ幻想的な景色となった。カルは知っているかもしれないが、アザレアは説明した。
「ライトモスです。この時期この湖にだけ生息しているライトモスと言う苔が夜になると、光る胞子を飛ばすんですのよ、美しいですわね。これをカルに見せたかったんです」
そう言って、カルを見るとカルはこちらを見ていた。
「本当に美しいね」
なんだか自分に言われているようで恥ずかしくなり、その後は湖面を舞う光の粒をずっと見ていた。
アザレアは、自分の気持ちが確実に変化してきているのを感じた。