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『やりたいことがないまま進路希望を出す』

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『やりたいことがないまま進路希望を出す』

4 - 第4話塾の先生は、なりそこねた先生だった

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2025年12月06日

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第3話 塾の先生は、なりそこねた先生だった

模試の結果が返ってきたのは、その週の金曜日だった。




数学と英語は、まあ想像どおり。

国語は、予想どおりひどかった。




「安藤、あとで進路指導室に来いよ」




答案用紙を配り終えた西尾先生が、

教壇の前からそう言った。




「やべ、呼び出し食らってる」




前の席の村上が小声で笑う。




「お前も一緒に来るか?」




「遠慮しとくわ」




チャイムが鳴ってホームルームが終わると、

クラスメイトたちはそれぞれ部活や帰り支度に散っていった。




俺だけが、答案用紙の束を持ったまま、

進路指導室のドアの前に立つ。




ノックをすると、中から「どうぞ」の声がした。







進路指導室は、職員室より少し狭くて、

壁一面に大学や専門学校のパンフレットが並んでいる。




真ん中の丸テーブルに腰を下ろすと、

西尾先生が俺の模試の結果を一枚ずつめくりながら言った。




「うん……まあ、想像してた感じだな」




「それ、慰めになってます?」




「なってないな」




先生はあっさり認めて、国語の答案用紙をトントンと揃える。




「国語は、な。

これは、授業中寝そうな顔してたお前にも原因がある」




「顔は関係なくないですか」




「関係ある。

“やる気なさそうな顔”でいると、本当にやる気なくなるからな」




そんな理屈あるのかと思いながらも、

反論する気力は出なかった。




「で、本題」




先生は、模試の結果一覧の紙を俺のほうに向ける。




そこには偏差値と、志望校判定の欄が並んでいた。




記号だらけの表。CとかDとか、Eとか。

良くてB。




「この成績で行ける大学が、ゼロってわけじゃない。

でも、“選べる幅”はそんなに多くないのも事実だ」




先生は、ペンでいくつかの大学名を軽く丸で囲む。




「通学時間とか学費とか考えると、この辺りが現実的かな、ってラインな」




「……はい」




「もちろん、“ここにしろ”って話じゃない。

ただ、現状の点数だと、“この辺から上”に行こうとすると、

それなりにがんばらなきゃいけない」




「それなりに、ってどれくらいですかね」




「部活引退するまでは、授業と家勉プラス、学校の補習。

それでも足りなきゃ、塾を使うのも選択肢のひとつだな」




塾、という単語に少しだけ身構える。




今まで、塾に通ったことがなかった。

通うお金がないほどではないと思うけど、

なんとなく「必要な子が行く場所」というイメージだった。




「塾、ですか」




「別に、全員に勧めてるわけじゃない。

ただ、家で一人だとどうしても勉強に手がつかないやつは、

“時間と場所を強制的に区切ってくれる”場所があったほうがやりやすいこともある」




それは、少し分かる気がした。




俺は、家にいるとすぐスマホを触る。

机の前に座るまでが、とにかく遅い。




「……考えてみます」




とりあえずそう答えると、先生は頷いた。




「塾に行くかどうかも、“やりたくないことリスト”に入れていい。

絶対嫌なら、他の方法を考えればいいだけだ」




「塾をやりたくないことに入れたら、先生泣きません?」




「ちょっと泣くかもしれん」




先生はそう言って笑い、

最後にもう一度だけ真面目な声に戻った。




「安藤。

どの道を選ぶにしても、知らないまま避けるより、

“知ったうえで選ばない”ほうが後悔は少ないぞ」




「……はい」




教室に戻る頃には、もうほとんど誰もいなかった。







その日の夜、夕食のあと。


いつもならすぐ自室に引きこもるところを、

珍しくリビングに残って座っていた。




父はビール片手にスポーツニュース。

母はテーブルの上に家計簿を広げて、ため息をついている。




「今日、模試返ってきたんでしょ?」




母がふと顔を上げた。




「うん。まあ……普通」




「普通ってなに」




「死んではいないレベル」




曖昧に濁すと、父がテレビの音量を少し下げた。




「その“普通”で、どこらへん行けそうなんだ?」




「先生には、いくつか丸されたけど。

どこって言われても、ピンと来ない」




正直にそう言うと、

父も母も、すぐには何も言わなかった。




少し間を置いて、母が家計簿から一枚の紙を取り出す。




「これ、見てほしいんだけど」




市民センターのチラシだった。

「近隣の学習塾・夏期講習のご案内」と書いてある。




「この前ね、センターで配ってて。

近所の個別指導塾が、無料の体験授業やってるんだって」




「……塾」




昼間に聞いたばかりの単語が、再び目の前に現れる。




「別に、無理に行けって話じゃないよ。

ただ、“どういう雰囲気か見てみるだけ”でも、違うんじゃないかと思って」




母の声は、できるだけ柔らかくしているのが分かった。




「お父さんの給料だとね、

正直、どこでもいいから国公立行ってくれたら助かるって気持ちはあるけど」




「おい」




父がツッコまれている。




「でも、それで敦がボロボロになっても嫌なの。

だから、行ける範囲で、できる準備はしとこうって話」




その言い方は、妙に現実的で、

同時に、ちゃんと俺のことを心配している感じがして。




「……うん。

とりあえず、見に行くだけ行ってみる」




気づけば、そう答えていた。







体験授業の日は、土曜日だった。




駅から少し離れたビルの二階。

「個別指導○○ゼミ」と書かれた看板の下で、

俺は少しだけ深呼吸をした。




ドアを開けると、

中は思ったよりも狭かった。


仕切りで区切られたブースがいくつか並び、

ところどころに現役っぽい高校生が座っている。




「あ、安藤くん?」




受付から顔を出したのは、

ジャケット姿の男の人だった。




年齢は二十代後半くらいだろうか。

スーツというより、“ちゃんとした私服”に近い。




「今日体験で来てくれたんだよね。

個別指導の山本です。よろしく」




「よろしくお願いします」




軽く頭を下げると、山本さんは笑顔でうなずいた。




「とりあえず、こっち座って。

まずは学校のテストと模試の結果、見せてもらっていい?」




小さな机で向かい合う形になり、

俺は鞄から答案用紙の束を取り出した。




「ふむふむ……」




山本さんは、一枚ずつ目を通していく。

表情にはあまり出ないけど、ちゃんと見てくれているのが分かる。




ひと通り見終わると、

ペンを置いてこちらを見た。




「うん。

“終わってる”ってほどではないね」




「そこそこ終わってる気がするんですけど」




思わず返すと、山本さんは少しだけ笑った。




「伸びしろは、あるってことだよ。

基礎が全部抜けてるわけじゃないから、“やれば上がる”タイプ」




それは、さっきの西尾先生と似たような評価だった。




「で、安藤くん自身は、どう思ってるの?

大学行きたい、とか行きたくない、とか」




「うーん……」




正直に言うか迷ったけど、

ここで見栄を張っても意味がない気がした。




「やりたいことが、特にないんで。

“大学に行きたいから頑張る”って感じではないです」




「なるほどね」




山本さんは、即否定もせず、すぐに説教も始めなかった。




「じゃあ、“大学行かなくてもいいや”って感じ?」




「それも違うというか。

行けるなら行ったほうがいいのかな、くらいで。

でも、どこに行きたいとかは、全然なくて」




自分で話しながら、

言葉がぐるぐる回っているのを感じる。




「やりたいことがないまま、進路希望出さなきゃいけないタイプか」




山本さんは、少しだけ懐かしそうな顔をした。




「俺も、逆パターンだったんだよな」




「逆パターン?」




「やりたいこと“だけ”は、はっきりあったタイプ」




山本さんは、自分の胸を指差した。




「俺、高校のときから“学校の先生になりたい”って思っててさ。

教育学部行って、教員採用試験受けて。

でも、落ちた」




さらっと言われたその一言に、少し驚く。




「何回か受けたけど、ダメでね。

そのうち、生活もあるしってことで、塾で働き始めて、今に至る」




「……それって、夢を諦めた、ってことですか?」




聞くかどうか迷ったが、

口が勝手に動いていた。




山本さんは、少しだけ天井を見てから答えた。




「綺麗に言えば、“形を変えた”かな。

正直に言えば、“一回負けた”って感じ」




「負けた、ですか」




「うん。

でもさ、“負けたあと”のほうが案外長いんだよね」




山本さんは、机に肘をついて手を組んだ。




「夢追ってる間ってさ、

ある意味簡単なんだよ。“そこだけ見てればいい”から。


でも、一回区切りがついちゃうと、

“じゃあこの先どうする?”ってところから、もう一回考えなきゃいけない」




それは、なぜか妙に胸に残る言い方だった。




「安藤くんはさ、

“やりたいことがないまま選ばなきゃいけない”って焦ってるかもしれないけど。


俺からしたら逆で、

“今のうちから、やりたくないことをちゃんと削ってる”ぶん、

マシなスタートだと思うよ」




「……それ、西尾先生も似たようなこと言ってました」




「だろうね。あの人、そういうタイプだから」




山本さんは笑って、ペンをくるくる回す。




「やりたいことがないなら、

“やらかしたくない未来”を少しずつ避けていく。


例えば、“借金まみれになりたくない”とか、

“家から逃げたくなるような仕事はしたくない”とか。


そのために勉強する、って考え方も全然アリだと思う」




「……やらかしたくない未来」




その言葉は、俺の中でしっくり来た。




夢とか希望とかじゃなくて、

「こうなったら嫌だ」の逆算で動く、という感覚。




「だから、とりあえず今はさ。

“選べる状態”を維持しとこう。

勉強ってさ、“選べるカードを増やす作業”だと思えば、

ちょっとはマシだろ?」




「カード……」




「偏差値上がれば、“行ける場所”のカードが増える。

何もしなければ、カードは減っていくだけ。


まだやりたいこと決まってないなら、

カード多めに持っといたほうが得じゃない?」




言われてみれば、

カードゲームの手札みたいなもんだと思えなくもない。




「……まあ、損はしない気はします」




「でしょ」




山本さんは、ようやくペンをノートに置いた。




「今日は体験だし、ガチな勉強はしないけどさ。

一回ここで問題解いてみて、“ここならやれそう”って思うかどうか、

自分の感覚で決めなよ」




「はい」




そのあと一時間、

英語と数学の簡単な問題を解いてみた。




教室より静かで、家よりは緊張する空間。

分からないところを質問すると、

山本さんは丁寧に、でも甘やかしすぎない程度のヒントをくれた。




終わって外に出る頃には、

まだ空は明るかった。




ビルの一階にあるコンビニのガラス戸に、

「アルバイト募集」の紙が貼ってあるのが目に入る。




時給と、勤務時間と、「高校生可」の文字。




――進学するかどうかと、

働くかどうかと、

勉強するかどうかと。


全部つながってるんだよな、たぶん。




そう思いながら、

俺は塾のパンフレットを握ったまま、家への道を歩き出した。

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