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小屋の外は不気味なほど静かで、さっきまで聞こえていた戦車の音も、見知らぬ異国の言葉もおさまっていた。青白い月は大きくて、かすれ雲があっという間に光の中を過ぎていく。
ハルピンの街の人も、遠く離れた日本の人も、同じお月さまを眺めているのだろうか?
そうだとしたら、この世界はなんと不幸で悲しいのだろう。
わたしは、お母さまのうしろ姿を眺めながら思った。
高粱畑の一角に、隠すように停めていたトラックまでの道のりは、とても長く感じた。
正確な情報もわからないまま、行き当たりばったりで行動することに疑問を持つ人もいて、
「いっそのこと、皆で自決した方がよいのではないか?」
という、わたしにとっては恐ろしい意見も小屋の中で飛び出して、それを静止したのは石田さんだった。
「自決して何が残るというのです、何も残りはしません。皆さんのこれまでの体験を語り継ぐこと。正義や過ちを後世に語ることが未来なのです。そう、過去から未来への橋渡しとなる人材が、今後必ずや必要になるのです。だから我々は死んではいけません。どんなことがあっても、自ら命を絶つなんてしてはならないのです。生き抜きましょう。いや、誰が何と言おうと生きてやろうではありませんか!」
石田さんの迫力に、周りの大人たちは何も言わずに黙り込んだ。
わたしだってそう思う。
まだ7年しか生きていないのに、大人がそれを言うのはずるい。
それに、死にたくはないもの。
トラックの前まで来ると、石田さんは立ち止まって屈みこんだ。
何かを確認している様子で、トラックの周りを足を引きずりながら行ったり来たりしている。
気になったわたしは、石田さんが見ていた場所を確認してゾッとした。
大きなタイヤに鉄の杭が突き刺さっていたのだ。