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藤子はあっけに取られて、目をパチパチした
「信二!!ここで何をしているのっ?」
片手に「白い恋人」の箱を掲げている信二の広げた腕の中には、絶対飛び込まないわとばかりに、藤子は身を硬くして後ずさった、今ここで彼の抱擁を受ける理由はない、しばらくすると信二は両腕を脇に下ろした
「わかったよ・・・暖かい抱擁で受け入れてもらおうとは少し図々しすぎたかな?君と話がしたくてわざわざ北海道からやって来たんだ、君に会うためだけに」
そうして「白い恋人」を無理やり藤子に渡した
「話ならLINEで済ませたわ!」
信二がちっちっと人差し指を振った
「ああ・・・君のパンチの効いた皮肉も懐かしく感じるよ、LINEで話して一方的に切られたから、直接会って君の顔を見て話したいと思ったんだ、覚えているかい?」
一方的に切られたというか、あれで藤子はきっぱりこの人に別れを告げて終わったはずだと、思っていたが、今は言い方の問題にこだわってもしかたがないだろうと思った
藤子の中では終わっていたけど、彼には全然伝わっていなかった、むしろ誠意を持って話したことが、彼の未練に火をつけたのかもしれない、そもそも12か月近くも二人は会っていないのに、彼の中では突然やって来ることがサプライズらしい
しかしサプライズとは「嬉しい驚き」の事だ、藤子の中のコピーライター魂が言葉のはき違えを激しく指摘したくなる、彼は完全にやっていることを間違っている
藤子がじっと睨んでいると、信二が居心地悪そうに、その場に足を踏みかえた
「なぁ・・・北海道から5時間もかけて飛んで来たんだぜ?二人で色んな事を乗り越えて来たのに、他人みたいに玄関先に立たせておくつもりかい?」
「正確にはあなたが色んな問題を抱えて、乗り越えるのを私が支えたという所よ、ごめんなさい、都合の良い「言葉のすり替え」は職業的に無視できないの」
藤子はため息をついた、たしかに玄関先でこんな話をしていたら近所迷惑だ
「話をしたらすぐに帰ってよ」
藤子はドアから一歩下がって彼を招き入れた、信二が微笑んだ
「ありがとう」
信二はキャットタワーにいる猫二匹に挨拶して、リビングをゆっくり観察した
ソファーのテーブルに、文也のオーデマピケの腕時計と男性ものの汗拭きシートが置いてあるのを見て、信二がピクリと片眉を吊り上げた、藤子はリビングを見渡す彼の後ろ姿をじっと見つめていた
不思議だ・・・信二ってこんなに小さかったっけ?体型はあまり変わっていないが、日に焼けて髪は短くなっている、北海道の生活が合っているのかもしれない
「手を洗わせてもらえないかな」
信二が低い声で言った
「ええ・・・いいわよ、こちらへどうぞ」
藤子が洗面所の電気を付けると、大きな鏡の前にガラスで出来たケースに、綺麗に藤子の化粧品が三段で並んでいた、そして一段目には、男性用のT字剃刀と、アフターシェービングローションが置かれていた、藤子に肌管理されている文也がここで髭を剃るからだ
そして、その横には二つ並んだ電動歯ブラシが立てかけられていた、これも文也が二つセットで購入した、信二が手を洗いながらポツンと置かれた髭剃りとアフターシェービングローションを見つめている
女性の一人暮らしにあきらかに似つかわしくない男の存在が、部屋のあちこちに見える、そう・・・自分には新しい恋人がいる、しかも頻繁に家に泊まらせている存在だ、藤子は「ざまぁみろとばかり」に少し愉快になった
信二にハッキリさせておかないといけないことがある、リビングに移動して藤子は言った
「どうして十二か月も経った今、戻って来たの?記憶喪失になったとか?」
信二が懇願するように藤子に言った
「どうやら・・・僕が間違っていたらしい・・・僕達の事で北海道は思っていたような場所ではなかったんだ」
「ラベンダーに、北の国の聖地に、独身用の社宅は魅力的じゃなかったの?」
信二が熱く藤子を見つめて言う
「どれも一通り体験したよ・・・でも、君がいなくて本当に寂しかった、ふーちゃん・・・」
その言葉を聞いて、藤子の中に10か月前に彼に別れを告げた時の虚しさが込みあがって来た
それと様々な感情が・・・後悔、みじめさ、克服したと思っていた悔しさや色んな感情・・・でも一つだけ、そこに彼に対する愛情は全くなかった、自分の中の愛は全て文也がかっさらっていっている
「やめましょう、私達はもう終わったのよ、あなたが12か月前、私を捨てて北海道に旅だった時点で、もう私は前に進んだの」
信二の顔がわずかに歪んだ
「誰かと付き合っているのか?」
「うん」
藤子は頷いた
「ソイツと結婚するのか?」
藤子はギクリとした、難しい問題だ・・・思わず何も言えずにただ黙ってしまった・・・その藤子のためらいを信二は見逃さなかった
「一つだけ教えてくれ、ソイツと付き合っていても、君は幸せになれるのか?なぜ結婚したいと素直に言わない?僕の時の様に」
「信二・・・悪いけどもう帰ってくれる?話すことはもうないわ」
藤子が立ち上がり、彼の旅行バッグを玄関から外に出そうと思った、荷物の量からして、この連休はもしかしたら彼はこの家で過ごそうと、ふてぶてしく思っていたのかもしれない
ふいに信二が背後に来ていた、そして後ろから彼に腰を回され抱きしめられた
「やめてっ!!信二!!触らないで!」
「悪かった・・・藤子・・・あの夜ラヴァーニャで君を傷つけたのはわかっている、プロポーズを期待していた君に、僕は北海道行きの壮大な計画を打ちあけて、君を失望させてしまった」
藤子は身をよじった
「離してったら!!(怒)」
「ふーちゃん!本当に後悔しているんだ!僕達はやりなおせる!結婚して北海道に来てほしい!今なら新婚さん価格で新築が建てられるんだっっ!」
「バカ言わないで!北海道なんかには行かないわっっ!」
「頼む、もう一度僕にチャンスをくれ!」
「一度でいいから私の話をちゃんと聞いて!!チャンスも何も、私は今付き合っている人がいるって言ってるのよ?」
彼から逃れようと何とか身をよじる、藤子は聞き分けの無い彼を一発殴りたくなった
「そんな結婚なんか考えていないヤツなんか別れろよっ!!どうせロクなヤツじゃないんだろ?わかっているよ、君がソイツと付き合っているのは僕がいなくて寂しいからだ?」
「ロクなヤツじゃなくて悪かったなっっ!!」
ハッとして藤子が振り向くと、文也が信二の首根っこを捕まえ、バンッと玄関の壁に叩きつけている所だった、途端に信二からはがされ藤子が自由の身になる
「文也君っ!!」
「彼女に触るなっ!!さもないと「ラヴァーニャの夜」以上に後悔することになるぞっ!!」
こんな凶暴性を帯びている彼を藤子は初めて見た、信二が目をしばたいて文也の顔をハッキリ見る、それからまったく信じられないという風に口をあけて藤子に言った
「なんてこったっっ!藤子??お前はこんなガキと寝ているのか??そりゃ結婚なんて恥ずかしくて出来ないだろうよ!!」
「もういっぺん言ってみろ!おっさんっっ!殺されたいらしいな!」
「ぐえっ!」
文也が信二を再び壁に叩きつけ、喉元を掴み締め上げる、信二がつま先立ちになる
「ひぃぃぃぃぃ」
そして文也が信二の髪を掴み、開けっ放しになっている玄関からゴミを捨てるように放りだした
無様に床に突っ伏した、信二の尻を彼の荷物で二回張り倒して、さらに蹴りを入れた
「文也くん!!もうやめてっ!」
あれは痛いと藤子は顔をしかめた、これで信二はさっきのような無礼な言葉はもう彼には吐けないだろう、最後にもう一度、文也がトドメとばかりに容赦なく信二を蹴り上げた
信二は尻尾を巻いて逃げる犬みたいに、情けなくカバンを掴み、藤子のアパートの階段を転がるように降りて逃げ出した
それを見る文也の背中が、いかにも腹を立て、怒りに燃えている、無理もない・・・彼にしてみれば玄関に脚を踏み入れた瞬間に、目にした光景は信じがたいものだったに違いない
文也が二階から裸足で逃げて行く信二に、玄関に置いてあった彼の靴を投げた
その一つが信二の頭にヒットした、さすがはフルバックだ、良い肩をしている
信二はその靴を履いて慌てて逃げ出していった
コメント
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第64話、読み終わりました。もう、文也くんの登場シーンが最高でしたね…!「ロクなヤツじゃなくて悪かったなっっ!!」のタイミング、完璧すぎて笑ってしまいました。それまで信二の言葉に冷静に対応していた藤子さんが、文也くんに「こういう所」を全部かっさらわれているのがよく伝わってきて、胸が熱くなりました。おっさん呼ばわりされた文也くんの怒りっぷりも、逆に信頼できる男だなと。いい場面を見せてもらいました!