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「ゆず君、ちょっと待って……って、おわっ」
ボスンと沈み込むベッド。スプリングの音はギシィと鳴って、成人男性二人を支えるのは辛いと悲鳴を上げているようにも思えた。
そんな、ギシギシという音に混ざって、ヴーと機械的な音も混ざり、不協和音が奏でられる。
「朝音さん、僕試してみたいんですよね。せっかく、買ってきたんですから。大人の玩具って、使ってみたくありませんか?」
「使ってみたくない! 遠慮する!」
「え~そんなこと言わないで」
と、卑猥な玩具をブンブンと振り回しながら、俺の上にまたがっている亜麻色の小悪魔は、その宵色瞳を潤ませて『お願い』というように、こちらを見つめる。
あざとい、これでもかというくらい、自分の可愛さを理解して、そのあざとさで、落としにかかっている、というのが分かった。でも、それを受け流せるほど、俺は強い男じゃなかった。
(……いや、可愛いけど! ゆず君は可愛いけど!)
ノリノリの俳優(現休業中)現在小説家志望の青年、祈夜柚を見ていると、断ろうにも、断れ無い状況に置かれていると、気づいてしまう。いや、気づかないフリをしたいし、これが、生理的に無理な人だったら、押しのけて、部屋を出ていっただろう。でも、俳優業で培ったそのあざとさを前にしたら、俺なんて無力だった。きっと、スキンヘッドが見たい、っていわれたら余裕で自分の髪の毛をバリカンで剃るぐらいには、心をわしづかみにされている。
だって、俺は可愛いものに弱いから。
ゆず君の顔に弱いから。
「……う」
「あ? 煩かったですか。音が出た方が、雰囲気あるなあって思ったんですけど、正直煩いですよね。もっと、バイブとか音鳴らない奴に作れないんでしょうかね」
「……ゆず君分かったから、ね? 一回、その手に持ってるもの下ろして」
「バイブのことですか?」
「いわなくて良いから!」
顔と似合わない言動。解釈違いだ! と心の中で叫びつつも、振動している大人の玩具をぺろりと覗かせた舌で舐める様子は、本当にそういう界隈の女優みたいな妖艶さを醸し出していて、俺は思わず目をそらしてしまう。
そうすると、ゆず君の綺麗な手が伸びてきて、頬に触れた。指先は少し冷たくて、火照っている身体に気持ちいい。それに、ゆず君の匂いが鼻腔を刺激して、くらっときてしまう。
あざとくて、でも色気があって、そんなゆず君を抱きたいって思う人はきっといるだろう。でも、断言する。このあざとさ、今流行ってる、メスガキ分からせ、みたいな展開にならないってこと。だって、ゆず君は、そっち側じゃなくて、抱く側だから。あざとさも、演技なんじゃないかって薄々気づいてる。でも、俺はそんなゆず君が可愛くて、愛おしかった。
ゆず君はぶりっ子のように、きゅるん、と目を潤ませて、口元に指を当てて俺を見つめる。それから、小さく口を開いてある言葉を放った。
「朝音さん『お願い』ですよ」
「……っ」
「『お願い』します♡」
「おね……がい」
洗脳にかかったように、俺の頭に『お願い』の言葉が復唱される。
『お願い』。そう、俺はこの言葉には逆らえなかった。
ゆず君は、その事を知っている。そうして、焦らした上で、最終手段である、『お願い』を俺に使ってきた、言ってきたのだ。
ぐわん、ぐわん、と頭が揺れて、俺は、ゴクリと固唾を飲み込んだ。
ここで、断らなきゃいけないって、ゆず君のこと甘やかしすぎてはいけないって分かってるんだけど、それでも、逆らえなかった。
『お願い』は絶対だ。
「……ゆず君」
「はーい、朝音さん♡」
「………………分かった。『お願い』だもんね」
俺がそう言って、顔を背ければ、パッとゆず君は顔を明るくした。耳と尻尾が見える。
チョロい自覚はあったけど、俺のこれは呪いみたいなものだし。
パサッと、ゆず君は着ていた上着を脱いで、改めて、俺の上に馬乗りする。逆光になったゆず君の顔は、影になっていて、表情がよく見えない。でも、声色は弾んでいた。
そして、そのまま、下着に手をかける。
ゆっくりと見せつけるように脱いだそれを、ベッドの下に放り投げれば、俺の腹部に手を乗せる。恐る恐る顔を上げれば、そこには先ほどのあざといゆず君の顔は無くて、雄の顔をした、格好いい彼がいた。思わず言葉を失ってしまう。
彼が俳優だって知っていたけれど、ガラリとその雰囲気を一瞬のうちに帰られるなんて、誰が想像しただろうか。天才だ。
ゆず君は、耳から落ちた髪をもう一度かけて、口角を上げる。余裕のある笑みに、ドキリとする。
「じゃあ、朝音さん。『俺』とヤろっか」
俺、朝音紡は、『お願い』が断れ無い体質で、一つ下の祈夜柚にBL小説のモデルになってくれと言われ、付合っているだけのどこにでもいる、普通の男だ。
なのに、どうして年下の彼に組み敷かれているのだろうか。
(……う、でもゆず君格好良くて――)
凄く可愛いゆず君のお願いが断れるわけ無いじゃないか!!
可愛いは、正義だと声を大にして言いたかった。
「ゆず君、反則だよ……」
「朝音さんチョロいんですもん♡」
嬉しそうに笑っていたゆず君の声を、顔を真っ赤にして、俺はぼんやりと聞いていた。