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事務所の練習室の扉を開くと、大きな鏡に背を向けて座り込み、照は一人で珍しく考え込んでいた。
手元のスマホから流れているのは、新曲のデモ音源。いつもなら音を聴いたら直ぐに身体を動かし始める筈の照が、今は画面をじっと見つめたままピクリとも動かない。
「…あー、クソ。どうすっかな…。」
小さく漏れた溜息はいつになく弱気で、静かな室内ということもあり、遠くに居た俺の耳にもはっきりと届いた。
照は今、メンバー全員を最高に輝かせたいっていう彼の強い拘りがプレッシャーになって乗っかっちゃってるんだろうな。
放っておけるわけがない。俺はいつもの調子でトコトコと照へ近付いた。
「…照ー?珍しくお疲れモード?」
上から覗き込むと、照がハッとしたように顔を上げた。
「佐久間…おはよ。」
「おっはよーん。どしたの?何か悩んでる?」
「………。」
「ほーらっ!いいから佐久間さんに話してみ?」
照の真正面に胡座をかき、歯を見せてにっぱりと笑みを浮かべてやる。いつもなら《大丈夫。》って強がって流すかもしれない。でも、今の照にはその余裕すらなさそうだった。照は少し視線を落として、ぽつりぽつりと胸の内を吐き出し始めた。
「…なんかさ、今回は全然まとまんねぇんだわ。『俺っぽい』振りにするとありきたりになる気がするし、かと言って新しいことやろうとすると、メンバーの良さが死んじゃう気がして…分かんなくなってきた。」
素直な弱音とどこか辛そうな表情。それを聞いて、俺の心は決まった。茶化すのはナシ。俺は《ふむ、》と顎に手を当てながら、照のスマホを勝手に操作してデモ音源を巻き戻した。
「ちょっと見てて!」
「…?」
スピーカーから、イントロの重いビートが響き渡る。俺はスタジオの真ん中、鏡の前に躍り出た。
「照ならさぁ、こんなのとかつけそう!」
カウントの瞬間に、俺はフリースタイルで身体を動かし始めた。
頭の中でイメージするのは、これまでに照が作ってきた大好きな振付たちのエッセンス。照がよくやる音の取り方、独特のシルエット、体幹の強さを活かした鋭いアイソレーションやヒット。そこから一転して、靱やかに流れるようなステップへ繋いでいく。
真似じゃない。俺は誰よりも、コレオグラファーである岩本照の『魂』のファンだから。彼のダンスが身体に染み付いてる俺だからこそ、踊れるフレーズがある。
チラッと目の前の照を見ると、彼の目が完全に変わっていた。
座り込んだまま、俺の動きを一瞬も見逃さないように食い入るように見つめている。俺がバチバチに音ハメをしてみせた瞬間、小さく頷く照の頭の中で、バラバラだったパズルのピースが猛烈な勢いで噛み合っていくのが分かった。
(…あ、今、掴んだな。)
踊りながらでも伝わってくる。照の表情から迷いが消えて、脳内にメンバー全員が目まぐるしくフォーメーションを変えて踊る、鮮明なイメージがどんどんと湧き上がっていくのが見えた。
曲の終わりと同時に、彼は勢いよく立ち上がった。その姿はもう、いつもの頼れる大好きな振付師そのものだ。
「ありがと、佐久間。」
照は胸に込み上げた熱い感情をそのままぶつけるみたいに腕を伸ばして、俺の身体を思い切り抱き締めてきた。結構な勢いだったからちょっとびっくりしたけど、それ以上に愛おしさが勝つ。
「んふふー。どういたしまして!」
俺は嬉しくなって、自分をギューッと抱き締める照の広い背中に腕を回した。少し背伸びをして、彼の頭を《よしよし》ってぽんぽん撫でながら、更に力一杯抱き返す。
「照。ニュアンスの違いかもしれないけどさ、『ぽい』じゃなくて『らしさ』でいいんだよ。お前の振り、いっつも最高だからさ。自信持って!」
「、うん。ありがと。」
耳元でそう伝えると、照の身体からふっと余計な力が抜けたのが分かった。
よし、いつもの照に戻った!…ってことで。
「やぁーーーっ!」
俺は気合い一発、ぴょんと跳ね上がった。照の引き締まった腰に両脚を絡めて、首にギュッと腕を巻きつける。
「おっ?!」
「捕まえたぁーっ!」
完全にコアラ状態。全体重を預けてニヒニヒ笑う俺に、照は《ねぇえ、お前さぁ、》なんて呆れた声を出しつつもその表情は嬉しそうで、晴れやかで。絶対に落とさないように、大きな手で俺の身体を下からしっかりと支えてくれた。
さっきまでのどんよりした空気はどこへやら。他に誰も居ない練習室に、俺達の賑やかな笑い声が響いていた。