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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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男は、月子を背負ったまま、すたすたと、迷いなく歩いている。


月子は、ふと思う。


行き先の住所を書いた紙を一度見ただけなのに、と。


まるで、神田界隈の地図が頭のなかに入っているかのように男は、目的地へ歩んでいる様に思えた。


確か、同じ方面へ向かう所だったとは言っていたが、それにしても……ここまで、すんなり行きつけるものなのだろうか?


先ほどの勢いは、どこへいったいのか、男は、押し黙ったまま進んでいる。


途中、路地へ入り、幾度か曲がりと、余りにも、勝手を知り過ぎている動きを、月子は不思議に思った。


そうこうするうち、男が、歩みを止める。


「……ここで、構わんかね?」


「え?」


前には、板塀に囲まれた小さな家があった。


「ここが、君の目的地、神田旭町の岩崎家だが?」


言うように、門柱には、岩崎と書かれた古びた表札がかかっている。


どら、と、男は言うと、月子を背負い直し、そのまま、門を潜った。


思えば、月子を背負ったまま、男は歩き続けている。それなり、体に負担がかかっているはずだ。


「あ、あの、お、降ります。こちらなら、ここで、私は……!」


おろおろしながら、月子は、男へ言うが、何故か、男は聞く耳を持たず、そのまま、家の玄関口へ歩いて行った。


「……まったく、人の家をなんだと思ってるんだ。また、勝手に入り込んでるな」


何かの合図のように、少しばかり、開かれている玄関のガラス戸を見て、男は悪態をついている。


「あ、あの!わ、私!」


月子は、慌てた。


男が、月子を背負ったまま、玄関のガラス戸を器用に開けたからだ。


そして、そのまま、家へ踏み込み、月子を玄関框へ下ろした。


よそ様の、それも、始めて訪ねて来た家の玄関框に腰を下ろしている状態に、月子は、面食らい、慌てて立とうとする。


「その足で、急に立つのは、危ない」


「え?!あっ、で、ですが!お家の方に、ご挨拶を!勝手に玄関に入っては!」


「家人が、許可しているんだ、気にすることはなかろう」


「え……?」


確か、今、男は、家人と言った……のだが……。


「あー、神田旭町の岩崎京介は、私、だ」


どこか、面映ゆそうに言う男をみて、月子は、胸元から、行き先が書かれた紙を取り出した。


神田、旭町、岩崎家、岩崎京介──。


確かに、男が、言った通りの言葉が、書かれている。


と、言うことは……。前にいる人物が……。


「なにやら、事情がありそうだったし、君も足を挫いていたし、路上で話すには、と、思って、連れてきた」


「え、あ、あの?!そ、それじゃあ……」


「見合い……なんだろ?」


「は、は、はい」


何がなんだか、訳が分からず、月子は、男──、岩崎とやらの問に、返事をしていた。


すると。


「え?!京さん、見合いって?!なにそれ?!というか、やっと、見合いするのかい?!」


手前の部屋の障子が開き、若い男が、ひょっこり顔を覗かせた。


「……兄上の差し金だろうが……と、いうより、二代目、お前、また勝手に上がり込んで!人の家をなんだと思ってるんだ!」


「あれ?女中を頼むってことだったから、ここで、待ち合わせ。それに、俺、大家だし、合鍵あるから、入れるし」


若い男も負けずと、言い返しているが、


「あっ!もしかして、あんた、お咲ちゃん?」


月子に気がついたようで、何故か、若い男は、声をかけてくる。


「……ん?君、そうなのか?見合いの手伝い……ではなく?」


「京さん、何、言ってんの?」


ここの主、岩崎と、部屋から顔を覗かせている若い男とのやり取りに、さて、どう答えてよいのやらと、月子は、呆然と框に腰かけているしかなかった。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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