テラーノベル
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#大人ロマンス
#サレ妻
蓮がハイハイを始め、私の姿を見るだけで喜ぶようになった頃
健一は相変わらず「犬の耳」をつけ、蓮の影に怯えながら家事に追われていた。
そこへ、拘置所の里奈から一通のハガキが届く。
それは以前のような罵詈雑言ではなく、たった一行、冷ややかな文字が躍っていた。
『健一。面会に来なさい。さもないと、奈緒が隠している「あの日」のことを、全部あなたの息子に遺してあげる』
「……奈緒、里奈が……面会に来いって。俺に…」
健一は震える指でハガキを差し出した。私はそれを一瞥し、無造作にテーブルに置く。
「……いいわよ、行ってきなさい。ただし、私が同行するわ。里奈さんが何を『秘密』だと思い込んでいるのか、確認しておかなければならないもの」
翌日、アクリル板を隔てた面会室。
現れた里奈は、かつての美貌は見る影もなく、頬はこけ、目は異様な光を放っていた。
「……あはは!健一、ずいぶん痩せたわね。奈緒さんにたっぷり『可愛がられてる』みたいじゃない」
「里奈……手紙の件、どういう意味だ。奈緒の秘密って…」
里奈は、健一の隣で冷然と座る私を睨みつけ、アクリル板を爪でギリギリと掻いた。
「健一。あんた、奈緒さんと結婚する前、彼女が付き合ってた『別の男』がどうなったか知ってる?」
「……彼女、昔から『気に入らない男を壊す』のが趣味なのよ。あんたの前にも、同じように廃人にされた男がいたの。……そしてその男は、奈緒のせいで───」
「里奈さん。そのあたりになさい」
私が静かに遮ると、里奈は狂ったように笑い出した。
「怖いんだ! 奈緒、あんたもこれだけは健一に知られたくないのよね! ……健一、よく聞きなさい。奈緒が不倫に過剰なまでに執着してあんたを壊したのは、単なる復讐じゃない。……彼女自身が、かつて『不倫相手の子供』として、母親に捨てられた過去があるからよ!」
健一の身体が凍りついたように動かなくなった。
私を突き動かしていた衝動の根源。
それは、私自身が最も憎んでいた「不倫」という血の呪い。
「……奈緒、本当、なのか?お前も、不倫の…」
「……それがどうしたというの?健一さん」
私はアクリル板越しに里奈を射抜くような目で見つめた。
「私がどんな血を引いていようと、あなたが私を裏切り、家庭を壊した事実に変わりはないわ」
「…里奈さん。あなたが何を言おうと、今、蓮くんを腕に抱いているのは私。彼は、私のことを『お母様』と呼び、あなたを『汚い犯罪者』だと教え込まれて育つのよ」
里奈の顔から笑いが消え、絶望に歪む。
「……っ!!うるさい!!母親面しないで!!」
里奈が狂乱してアクリル板を叩く中、私は健一の腕を掴み、無理やり立ち上がらせた。
「行きましょう、健一さん。……ゴミの戯言を聞く時間は終わりよ」
◆◇◆◇
帰り道
車内で健一は一度も口を開かなかった。
彼の中に、「奈緒への恐怖」だけでなく
「私への深い同情」という、最も厄介で猛毒な感情が芽生え始めていた。
(……同情なんて、一番いらないのに)
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