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イノクチ先生はわたしたちの夢の話を聞いて、しばらくの間考え込んでいた。
眉間に皺を寄せて、廊下の一点を見つめながら、やがて小さくため息を吐いて、
「わかった」
それだけ答えて、踵を返した。
職員室の前の廊下。
わたしたちはイノクチ先生と向き合って、昨日見た夢について話をしていた。
夢に閉じ込められて、楸先輩と出会って、夢魔と遭遇して、それから逃げて――目が覚めた。
あの後、楸先輩はどうなってしまったのだろうか。
わたしたちは、どうやって目を覚ましたのだろうか。
「これから、どうするんですか?」
わたしが先生の背中に訊ねると、先生は、
「ちょっと協会の爺さま方に連絡してくる。さすがに俺だけでは手に負えない」
「わ、私たちは?」
ユキは一歩踏み出して、先生の袖を引っ掴み、
「もう、あんな怖い思いはしたくないの! 私たちはどうしたらいいわけ?」
「そうだな」
とイノクチ先生は口にして、
「とりあえず、今からアリスさんを呼んでおく。昼休みにカウンセリング室に来なさい。しばらく夢を見ないように、より深い魔法をかけた方がよさそうだ」
そう言い残すと、すたすたと廊下の奥へと姿を消した。
わたしたちはその後ろ姿を見送り、顔を見合わせる。
「……アリスさんって?」
「わたしや楸先輩と同じ、魔女だよ。凄い綺麗な人」
「また、魔女かぁ――」
「なに?」
訊ねると、ユキは自嘲気味に笑いながら、
「私さ、小さい頃から魔女ってのに憧れがあったんだよね。だって、夢があるじゃない? ちょっと杖を振ったり呪文を唱えるだけで、何でもできちゃうんだもの。だから、幼稚園や小学生の頃の夢、魔女になることだったの。お兄ちゃんにはさんざん馬鹿にされたけどね。魔法なんてあるわけがない、もっと現実的な夢にしろって。けど、私は信じてた。絶対にこの世には魔法があるって。いつか私も、不思議な力を手に入れられるって。けど――」
それからユキはわたしに顔を向け、にっこりと微笑むと、
「まさか本当に魔法があって、アオイが魔女だったなんてね。空を飛んでるところを見た時、嬉しいの半分、自分の目を疑ったのが半分。たぶん、内心お兄ちゃんに言われた通り、魔法なんてないって思い始めてたんだと思う。諦めかけていたんだと思う。だから、自分が見たものをどうしても信じられなかった。だから」
とわたしの手を取り、ユキはきらきらとした瞳で、
「アオイが魔女だって知って、私は凄く嬉しかった。本当に魔女が居るんだって、今まで信じてきて良かったって、そう思ったんだ。それにさ――」
ユキはわたしの顔に、ずいっとその可愛い顔を近づけて、
「私も、魔女になりたい」
「えっ」
その言葉に、私は思わず目を見開く。
「魔女に、なりたい?」
「うん。言ったじゃん。私も魔女になるのが夢だったんだって。ねぇ、どうやったら魔女になれるの? どうすれば魔法を身につけられるの? やっぱり、家系とか血とか、関係あったりする? もしなれるんなら、私もアオイと一緒に魔女になりたい」
「……ユキ」
その真剣な眼差しに、わたしはどう答えたら良いのか判らなかった。
魔法使いに、魔女になりたい。
わたしは生まれた時からおばあちゃんやママから魔法を学んできた。
それが当たり前のように、物心ついたころにはすでにいくつかの魔法を使えるようになっていた。
それが家系によるものか、血によるものか、わたしは知らない。
けれど、わたしの友達が、私と同じ、魔女になりたいと言っている。
魔法使いになりたいと願っている。
なら、わたしは――
「……わかった」
わたしは頷き、ユキに微笑む。
「ちょっとママに相談してみる。それで、もしユキも魔法使いに、魔女になれるんだったら」
ユキの手を握り返しながら、わたしは言った。
「――一緒に、魔女になろう」
そんなわたしの言葉に、ユキは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて。
「ありがとう! アオイ!」
急にわたしに抱き着いてくる。
「ちょ、ちょっと、ユキ!」
わたしもそんなユキの身体を抱きしめ返して――その背後に立つ、人の姿に気が付いた。
長い黒髪に虹色の瞳。美しいその顔には微笑みを湛えていて。
「ひ、楸先輩?」
思わず口にすると、ユキも、
「えっ? 楸先輩?」
慌てたようにわたしから離れ、楸先輩の方に身体を向ける。
「よかった、無事だったんですね!」
わたしは安堵しながらそう口にして、一歩踏み出して、気付いた。
……違う。
雰囲気が、まとっている空気が、全然違う。
楸先輩はその口元を弧の字に歪ませながら、
「――どうかしましたか?」
わずかに低い声で、声を発した。
「ど、どうしたの、アオイ?」
心配そうに口にするユキに、わたしはごくりと唾を飲み込み、小さく、答えた。
「――違う」
「違う?」
わたしは二、三歩後退りながら、ユキの腕を引っ張って。
「――この人は、楸先輩じゃ、ない」
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