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ドンレは、一日の仕事を終えて、自室の長椅子でくつろいでいる。
ほどかれた髪には、白いものがまばらに見え、纏《まと》う部屋着のあわせは、ややもするとそのまま脱げ落ちそうなほど、はたけていた。
部屋付きの侍女達を下がらせ、こうしてじっと待っているのに……。
――黒木地の酒盃をゆっくり運ぶ――。
もう現れてもいいはずだ。いつまで待たせるのだろうか。
すると……。
苛立ちに合わせたかのように、入り口の折り戸が、ことりと音を立て開かれた。
「おやおや、これはようお越しで」
怪訝に見る先には、グソンが困惑気味に立っている。
「また、そのようなことを。お呼びになったのは、あなた様でしょうに……」
人払いが出来ているか確かめながら、グソンはそっと戸を閉め、渋い顔のまま、何かを差し出した。
昼間ドンレが落とした手布《ハンカチ》だった。
やれやれと息をつくと、グソンはドンレの隣に腰を下ろした。
「で、どういたしました?申し訳ありませんが、実はまだ仕事が残っているのです」
不機嫌そうに言うグソンに、ドンレは身をもたせかけると、手にする酒盃を勧め始める。
「困ったお方だ。酒は困ります。本当にまだ仕事の途中なのです。さあ、用件だけ済ませてしまいましょう」
言って覆いかぶさるグソン。その体躯の重みに、ドンレは歓喜の悲鳴を上げた。
「……今宵は……これで……」
荒い息を整えながら、グソンは散らかる黒衣を手探る。
衣を纏う彼の動きに、高潮したドンレが、さもしげな視線を送ってきた。
何か淀む気配を感じて、グソンの背筋は、ひやりとした。
「いかがいたしました?」
動揺を悟られないように、ドンレを伺ってみる。
「人の始末を頼みたい」
この、あけすけな言い様は、ドンレが本気であるという事――。
「またお戯れを。私は戻らなければなりませんので……」
自分が呼ばれた意味が、分かるだけに、グソンは、逃げようと試みた。
「特に驚くことでもないだろう?邪魔者を排除するも、お前達の役目ではないのか?」
が、ドンレは一歩も引かない。
「くだらない噂の一つです。宦官は皆様のお世話をする立場。だから、こうしてドンレ様を、お慰めしているでしょう?」
立ち上がろうとするグソンの腕を掴む、ドンレ。
「お前、南の将と会っているのだろう?かのお方は、市井とも交流があると聞くが?」
「困ったお方ですね……本当に」
衣をそっとかけ、身頃をあわせてやりながら、グソンは、どう機嫌を取ろうかと思案する。
(もう、逃げおおせない……か。)
グソンは覚悟を決める。
「南の将の所へこれから行くのだろう?お前の仕事が待っているのだろう?誰か素性の定かでない者を用意してくれるよう頼んでもらえぬか?」
後宮にとって、自分にとって、必ず命取りになるミヒを始末する。ドンレは意を決していた。