TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

季節は冬。けれど、空は高く澄んでいた。
赤葦京治は、駅前のベンチに腰掛けて、手帳を開いた。

開いたページには、ぎっしりと文字が並んでいる。


──「木兎さん、今日は青いマフラーをしていた」


──「練習のあと、自販機のコーンスープをこぼした」


──「“俺って最高にかっこいいよな!”って言ってた」


一つ一つが、木兎光太郎という人間の痕跡だった。


赤葦はそれを、毎日書き留めていた。


もう、彼がこの世界にいないことを、脳は理解している。

でも、心はどうしても追いつけない。



葬儀の日、空は妙に晴れていた。


「らしくないですね、こういう時にまで晴れるなんて」


誰かがそう言って笑った。


赤葦は答えなかった。ただ黙って、空を見ていた。


木兎光太郎がいなくなった世界は、驚くほど静かだった。


練習後に飛び跳ねる声も、誰よりも早く駆け出す足音も、全部、消えた。


代わりに残ったのは、余白みたいな日常だった。


でも、不思議なことに、赤葦は泣かなかった。


「泣いたら、本当に“終わり”な気がして」


そう言って笑うと、先生に心配された。



時間だけが、恐ろしく正確に流れていく。


木兎の好きだったカフェは春に閉店した。

体育館は今、別の部活が使っている。

卒業して、もう何年も経った。


けれど、赤葦の手帳は今日も更新されている。


──「木兎さんなら、ここで“飛べ!”って言うな」


──「木兎さんなら、あの子に声をかけてる」


──「木兎さんが、いない」


ページの端に、初めて涙の跡がにじんだ。



「……赤葦?」


ふいに、風の音がした。


いや、違う。風じゃない。


彼の耳が覚えている、あの、明るくて、まっすぐな声。


「おーい! なに一人でしんみりしてんだよ!

 俺がいるときみたいに、もっとテンション上げていこうぜ!」


振り返っても、誰もいない。


でも、不思議と寂しくはなかった。


赤葦はそっと目を閉じた。


「……はい。了解です、木兎さん」


静かな空が、少しだけ騒がしくなった気がした。


それは――たぶん、心の中でずっと生きてる誰かの声。


この作品はいかがでしたか?

62

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚