「……それに飲食店に行っても、昭人が大切にするのはご飯を食べる事より、映える写真を撮れるかどうかだった。私のご飯も含めてこだわりの構図で撮りたいもんだから、撮影が終わる頃にはいっつもご飯が冷めてた。それで『見た目はまぁまぁだけど、大して美味くないね』って言ってて、ほんっとうに嫌だった」
隣で、尊さんが「ひでーな」と呟いた。
「その上、嫌だって言ってるのに、昭人は私の手を写真に撮って〝匂わせ彼女〟としてSNSに載せてた。最初に『顔は写さないで』って言ったら〝彼女自慢〟できなくてふてくされてたよね? 手だけならいいと思った? 勝手に写真撮られるの、気持ち悪いんだよ。どうして分かってくれないかな……」
私は苛立って言い、乱暴な溜め息をつく。
「昭人の【彼女とカフェに行った】ってSNSの投稿は、『美味しい店教えます』じゃなくて、『美人な雰囲気の彼女と、お洒落なカフェにいる自分かっけー』って見せたいだけ。あんたは自分をイケてると思ってるだろうけど、中身はスカスカ。そんなんだから、充実してるお兄さんに成績も何もかも負けるんだよ」
私の言葉がとうとう昭人の逆鱗に触れた瞬間――。
「っこの……っ!」
昭人は憤怒に顔を歪めると、私に向かって手を振り上げた。
「…………っ!」
私はとっさに両手で顔を庇って目を閉じた。
――けど。
「……図星を突かれたら暴力か? クソだせぇんだよ」
ドスの利いた尊さんの声が聞こえ、恐る恐る目を開けると、彼が昭人の手首をしっかり掴んでいたところだった。
(良かった……)
彼が守ってくれたと知った私は、安心して息を吐く。
「朱里、話の邪魔して悪い」
昭人の手を振り払った尊さんは、チラッと私を見て言う。
それに私は涙を手で拭い、首を横に振って応えた。
尊さんは私の手をとり、勇気づけるようにギュッと握ってから昭人を嘲笑した。
「こんなに嫌われてるのに、『まだやり直せる』なんて夢見てねぇよな? DV元彼クン」
「だ……っ、だって朱里は、俺に未練を持ってるから会いに来たんだろ!」
「ちげぇよ、バカ」
尊さんは昭人の言葉を一蹴し、苛立たしげに睨む。
「お前が朱里のマンションに無断で忍び込んだから、身の危険を感じた彼女は、お前を刺激しないように、やむなく誘いに応じたんだろうが。どこまでめでたいんだよ」
マンションに行った事が尊さんに知られていたと知った昭人は、唇を曲げて私を睨む。
「さっきも『よりを戻すつもりはない』と言われたのに、なぜ理解しない? お前は二兎に逃げられて、未練がましく一兎を追いかけ回してるんだよ。いい加減自分がストーカーだって事を自覚しろ」
プライドの高い彼が、そう言われて黙っている訳がない。
「俺はストーカーなんかじゃない!」
「ほう? ストーカーじゃないなら通報されても問題ないな?」
「つ……っ、通報だって!?」
昭人は声をひっくり返らせて悲鳴を上げる。
「お前がした事は立派な住居侵入罪だけど、警察に通報しても大丈夫なんだよな? ただし、朱里は警察に『彼氏じゃないし、別れたのにつきまとわれている』って言うけどな。それでも迷惑行為をやめないなら、本格的にストーカー規制法に引っ掛かるけど、覚悟があっての事なんだよな? 復縁できるつもりの元彼クン?」
「……い、……いや……」
昭人は顔色を悪くさせて横を向く。
「万が一、俺の婚約者に何かあれば、警察にも言うし弁護士にも言う。俺も篠宮ホールディングスの部長として、お前の勤め先に〝報告〟させてもらう。お前の上司の勢野とは友達だしな?」
「そっ、それはやめてくれ!」
昭人は真っ青になって尊さんに縋った。
「なら二度と朱里の前に姿を現すな!」
尊さんが大きい声を出し、私はビクッとして身を竦ませる。
「俺の女をこれ以上煩わせるな。俺たちに金輪際関わるな。次に目の前をうろついたら、その場で通報するぞ!」
彼がもう一度怒鳴った時、昭人は弾かれたように走っていった。
――終わったんだ……。
私は止めていた息をゆっくり吐き、その場にしゃがみ込む。
遅れて、手をはじめ全身が酷く震えているのを自覚して、自分の片手をギュッと握った。
「怖かったな。もう大丈夫だ」
尊さんが優しい声を掛けてくれ、私の側にしゃがむと抱き締めてくる。
通行人が私たちを見るけれど、気にしていられる心の余裕はなかった。
「う……っ、うぅ…………」
思い出の中の草食系男子の〝昭人〟は幻だった。
現実の彼はストーカー気質の外見至上主義で、逆鱗に触れれば暴力をふるうDV男だ。
「大きい声を上げて悪かった。驚いたろ」
謝られ、私はブンブンと首を横に振る。
「……朱里、ちょっと歩けるか? 駐車場まですぐだから移動しよう。……お前の泣き顔を他の奴に見せたくない」
「ん……」
鼻声で頷いた私は、尊さんに肩を抱かれてゆっくり歩き始めた。
コメント
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カッコいいよ〜尊さん😭 それに比べてスッカスカストーカーDVの昭人… 終わったよ…朱里ちゃん😭泣き顔誰にも見られたくないって🥺駐車場戻って抱きしめてもろおう。