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ばたっちゅ
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第九章 広い世界
第五話 目指す場所
皇城での生活も、気づけば二週間が経とうとしていた。
満月の夜魔物達によって破壊された建物や城壁も、今ではほとんど修復されている。
街はさらに活気付いているようだった。
夜になっても以前のように魔物が現れない。
だから人々は安心して外を歩き、酒場には笑い声が戻り、魔石灯の光が夜の街を明るく照らしていた。
ジオは客間のソファーへ腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺める。
綺麗に整えられたベッド。
清潔な服。
温かくて美味しい食事。
そして、隣にはサフィアンがいる。
アクセル達という、信頼できる仲間もできた。
こんな時間、今まで無かった。
多分、これまで生きてきた中で一番平和で、一番幸せな時間だと思う。
ーーでも。
ジオはそっと目を伏せた。
これが永遠には続かないことも、分かっていた。
自分は月蝕の子で。
世界にはまだ闇が溢れている。
それにこれまで過ごしてきた時間を思い返すと、今みたいな穏やかな生活は、どこか自分には不釣り合いな気もした。
静かな沈黙。
そんな時。
「……これから、どうなるんだろうな」
向かい側のソファーへ座っていたサフィアンがぽつりと呟いた。
ジオは少しだけ目を瞬かせる。
答えは出なかった。
未来なんて、まだ何も見えない。
その静けさを破るように、
ーーコンコン
扉がノックされる。
「失礼します。アクセル殿下がお呼びです」
ジオとサフィアンは顔を見合わせ静かに立ち上がった。
アクセルの執務室へ入ると、そこには既にクロードとラスタの姿があった。
「おぉ、クロード戻ったのか!」
サフィアンが声を上げる。
「ああ。用件は全て済ませてきた」
相変わらず落ち着いた声音。
その返答にラスタが肩をすくめた。
「実家帰るのに“用件”て。相変わらず固いなぁ」
「事実だ」
「いや否定せぇへんのかい」
いつものような軽口に、室内の空気が少し和らぐ。
アクセルはそんな四人を見渡し、小さく微笑んだ。
だが次の瞬間、その表情が静かに引き締まる。
「……そろそろ本題に入るぞ」
一斉に空気が変わった。
ジオも自然と表情を引き締める。
アクセルは静かに口を開いた。
「俺たちの目的は、月蝕の子、ジオが、世界に溢れた闇を正常な循環へ還すことを助けることだ」
低く、真っ直ぐな声だった。
「闇はまだ世界中に蔓延している」
「ジオの力は必要だ」
ジオは静かに息を呑んだ。
「しかし」
アクセルの瞳が鋭くなる。
「教会はいまだに月蝕の子を“厄災”として扱っている」
「確実にジオを奪いに来るだろう」
その言葉に、サフィアンが小さく息を飲む。
部屋の空気が重くなる。
だがアクセルは迷いなく続けた。
「だからといって、このまま帝国へ留まるわけにはいかない」
「俺たちは見つけなければならない真相がある」
そう言って、アクセルはジオを見る。
真っ直ぐな黄金の瞳。
「まず、なぜジオが月属性の“治癒”を使えるのか」
「それが分かれば、過去の月蝕の子との違いも見えてくるはずだ」
ジオの胸が僅かに揺れる。
「そして――」
アクセルは静かに言った。
「お前自身の未来を変えられるかもしれない」
力強い言葉だった。
まるで、未来を諦めるなと言われているみたいで。
ジオは思わず目を見開いた。
そしてアクセルが机へ地図を広げる。
「ここ数日、俺とラスタで色々調べていた」
広げられた地図。
帝国南部。
その先に描かれた巨大な山脈。
「白霧山……」
ジオが小さく呟く。
アクセルは頷いた。
「この山を越えた先に、“月の一族の隠れ里”らしき集落がある可能性が高い」
するとラスタがすかさず口を開く。
「商団の連中の力も借りて色々聞き回ったんやけどな」
「この辺りで、月属性の特徴と一致する人物の目撃情報もあるねん」
ラスタの指が、地図の南側を示す。
「特徴ってどんな?」
サフィアンが尋ねる。
アクセルは机の上にある古びた本を手に取り、パラパラとページを捲る。
「ええと……外見としては、淡い金色の髪、乳白色の瞳、とある」
「う〜ん、そんな人見たことないなぁ」
本に目を落としながら、サフィアンが呟く。
「普通にいたら、かなり目立つだろうな」
クロードも頷く。
一方ジオは、そのページに描かれた紋章を食い入るように見つめていた。
ーー同じだ。
御守りの紋章と。
そして『月蝕記』に描かれていたものと。
「……俺、これ知っている……」
紋章を指差し、ポツリと呟く。
アクセルが顔を上げた。
「やはりジオと、何か関係があるのかもしれないな」
腕を組んで考え込む。
そして再び地図に目を落とした。
「何か手掛かりが見つかるといいが……」
ラスタが地図の白霧山の麓辺りをトントンと指で叩く。
「まぁ、ここに月の一族に関する何かがあるんは、ほぼ間違いないと思うで」
ジオはその場所を見つめる。
そしてそのさらに南側にある地名へ、視線が止まった。
――ラディス。
胸の奥が、小さく揺れる。
薬草の匂い。
古びた薬屋。
鍋をかき混ぜる音。
背を向けたまま、静かに薬を作っていた祖母の姿。
懐かしい記憶が、ふっと脳裏を過ぎった。
「……ジオ?」
サフィアンの声に、ジオは我に返る。
「……なんでもない」
小さく首を振る。
だが、その瞳には複雑な感情が揺れていた。
やがて全員が静かに顔を見合わせる。
期待。
不安。
覚悟。
それぞれ違う感情を抱えながらも、
その視線は同じ方向を向いていた。
目的地は決まった。
アクセルは四人を見渡し、力強く笑う。
「出発は明後日だ」
「それまで各自、しっかり準備を整えておけ」
その言葉に、全員が静かに頷いた。
ここから、五人の本当の旅が始まる。
第九章 完
コメント
1件
あおいです🌷第36話、読み終えました。 皇城での平穏な日々が「永遠には続かない」と自覚しながらも、その温かさにそっと身を置くジオの心情、本当に繊細で…。アクセル王子の「お前自身の未来を変えられるかもしれない」という言葉が、まるで光のように胸に刺さりましたね。ラディスの記憶が蘇るラストも美しく、五人の本当の旅が始まる予感に、次の章が待ち遠しいです。素敵な一章をありがとうございました。