テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
急にマイクの不快なハウリングがして、俺達の注目を強制的に集めた番条さん。
静けさに包まれた鳥籠を見つめ、
「みなさん……この…目を……見て……」
彼女は、そのウザったい前髪をゆっくりと上げ、俺達に左目だけを見せた。
ーーー吸い込まれそうな、海の底より暗いダークブルー。
番条は、日本人じゃないのか?
「………………」
誰もが、心を奪われた。勿論、俺もその一人。神秘的で美しいタンザナイト。しばらく思考が停止した。
その後すぐに番条さんは舞台から消え、進行役が俺達、奴隷候補の削ぎ落としにかかった。仮面男が左右の手に持つ、数字が書かれた赤札。正解だと思われる方の札を指差すだけ。…………それにしても問題の難易度が異常に高い。何を言ってるか分からない大学レベル? の数学の問題だった。
「タマっちさぁ、こ~んな簡単な問題も分からないのぉ?」
知らない派手な女が、冷や汗だらだらの俺の横に立っていた。
「………だれ?」
「あーーーっ!! ひっどいな! それ。私、同じクラスの五十嵐 彩夏(いがらし さやか)だよぉ。クラスメイトの顔を忘れるとか、ヤバくない? バカとか言うレベルじゃないっしょ、それ」
ど金髪で、しかも明らかに校則違反レベルのスカートの短さ。シャツのボタンをわざと開けた胸のアピール。やけに馴れ馴れしく俺に話しかけてくる女。尻尾をフリフリ、軽そうで……かなり苦手なタイプだった。
そういえば、クラスにいたような?……気もする。
「あぁ……ごめん。五十嵐。お前、この問題分かるの?」
「もっちろん! 特別サービスでぇ、答え教えてあげるね。その代わりさぁ、一緒にチーム組もうよ。一人より、二人。勝率上げる為にさ」
「……分かった。協力プレイだな」
「なんか、イヤらしいなぁ……その言い方。キモ~」
「…………ちっ…」
何とかイライラを我慢しながら、俺は五十嵐と一緒に難問題を正解し続け、遂に第一関門を無事に突破することが出来た。
こんな見た目だが、頭だけは俺よりマシらしい。
「あっ! また私のことバカにしたでしょ~?」
「し、してないって! ってか、離れろ。なんだよ、お前」
腕を組み、わざと胸を当てながら、棒立ちの俺に生足を絡めようとする五十嵐から離れた。周りを確認する。あんなに混み合っていたのに、今はスッカスカ。パッと見、二十人程度しか残っていなかった。
『では、これより最終選考を開始します。まずは、今から配られるモノを各自受け取ってください』
進行役と同じようにピエロの仮面を被ったスーツ姿の女達が、俺達に一つ一つ手渡していく。
手作りっぽいクマ? のヌイグルミ。
ーーーーーそれと拳銃を。
息が、苦しい………。やけに重く感じた人を殺す武器。
『これより皆様には、このヌイグルミを守り抜いて頂きます。最後までこのヌイグルミを持っていた方が、番条 鈴音様の正式な奴隷となります』
悪夢の夜が、今始まるーーー。
『そのヌイグルミからはリアルタイムで、皆様の位置情報が発信されます。それを見たハンターが、皆さんのヌイグルミを狙いに来ます。ハンターにヌイグルミを奪われた時点で、失格となります。深夜十二時ちょうど。サイレンが鳴り終わり、まだヌイグルミを持っていた者が、合格です』
貧乏揺すりが激しい長身男が、進行役に詰め寄り、質問していた。
「ま……まさか、そのハンターに僕達は命まで狙われるんですか?」
『いいえ。ハンターが狙うのは、あくまであなたが今抱えているヌイグルミだけです。もし、ハンターに遭遇したとしてもヌイグルミをすぐに差し出せば、無傷で済みます。攻撃されないので、ご安心下さい。まぁ、もちろん。その場合は、脱落ですがね』
「……そうか……良かった……。こんなゲームで死ぬなんて冗談じゃない」
コイツは、自分の保身しか考えていない。このヌイグルミは『番条本人』ってことだろ。
今、自分が何を言ったか分かってるのか?
未知の敵に遭遇した時、お前は守るべき番条を見捨てて逃げます! って、俺達みんなの前で宣言したんだぞ?
もしこの場に会長や二川さんがいたらさ、お前………たぶん、笑いながら射殺されてるよ。
「ねぇ、ねぇ、タマっち~~~。銃って、撃ったことあるぅ? なんか、鉄くさ~~~。重~~~い」
「はぁ…………。いや、撃ったことはないよ。まぁ、人が撃つ場面は何度も見てるけどな」
左手に吸い付いて離れないグロックのグリップ。勝つ為には、必ずこいつを相手に向けて、撃たないといけない………。
「ふ~ん。そうなんだぁ」
ヴゥーーーーーッ!!
ヴゥーーーーーーーーッ!!
腹まで響くサイレン音。狩りが始まる合図だ。今は、十時。終わりまで二時間………。俺達は、蜘蛛の子を散らすように各々、体育館を飛び出した。とにかく走る。一ヶ所に固まるリスクをまず回避するのが大事。
「ま、待ってよっ! うぅ~、酷くない? 女を置いて、さっさと行くなんてさぁ。とんでもない糞男だったんだね!! タマっちは。失望したよ」
胸を揺らし、プンプン怒っている五十嵐の側に行き、なるべく優しく声をかけた。
「今から、外から中が見えづらい音楽室に向かう。少し走るし、大変だろうけど俺が周りの安全を確認しながら進むから、お前も文句言わないでついてきて」
「立ちっぱなしで、足疲れちゃったよぉ……。おんぶしてぇ?」
「却下ッ!」
「もうっ! 大嫌い、コイツ。明日から、クラスの女子全員で、タマっちのことイジメてやるからね」
「はいはい」
やっと、目的地に着いた。誰もいないことに安堵し、まだ機嫌の悪い五十嵐をなるべく部屋の奥に座らせ、俺は入口の扉に銃を向けた。ハンターが来たら、すぐに撃てるように。相手も攻撃されることは想定済みのはずだから、防弾チョッキくらい着ているだろう。
締め切った部屋は、異常なほど静かで後ろに退避した五十嵐の息遣い、制服が机を滑る音がやけに大きく聞こえた。
俺は、気まずさを誤魔化すように、五十嵐に話しかけた。
「そもそもどうして五十嵐は、番条さんの奴隷になりたいんだ?」
「お金が欲しいから……」
「ふ~ん。そうか。金は、大事だからな~」
五十嵐は、天井を見ながら静かに語りだした。
「昔ね………私の親。小さなレストランをやってたの。美味しいって、近所じゃ有名だったんだよ。ある日ね、お腹をすかせたお兄さんが店前にいたから、両親が食事をご馳走してあげたんだって」
「へぇ………いい話じゃん」
「でもね、食事を終えたお兄さんに私の親ね……………殺されちゃった。お金を全部奪われてね。最初からレジのお金が目当てだったみたい……。まだ私が、三歳の時の話だよ。ソイツね、なんか有名な議員の息子らしくて、後日ソイツじゃない別の人が犯人として捕まってた。身代わりにされたみたい。私ね、その時に思ったの。この世界は結局、悪い奴が勝つ仕組みなんだなぁって……」
「………………」
「本当はね、あんな根暗女の奴隷なんか全然やりたくないの。金だけ欲しいだけ。その金を元手にして、いっぱいいっぱいお金を稼いで有名になって、親を殺したアイツみたいな糞をこの世から排除するの。だから………本当の私ってね……実は番条より暗くて最低なんだぁ」
背中で聞いていても分かった。五十嵐が泣いていること。
「五十嵐はさ、全然最低じゃないよ。番条さんもきっと分かってくれると思う。変わってる人だけど、人の気持ちが分かるから。二人で奴隷になってさ、毎日、番条さんをからかってやろうぜ? あの人かなりの天然だから、面白いぞ」
「タマっち……」
その時、突然誰かが廊下を走る足音と叫び声が聞こえた。扉を少しだけ開け、廊下を見ると汗だくでこっちに向かってくる男がいた。あの貧乏揺すり男だった。
「た、た、助けてくれ! 頼むっ」
「とにかく入れ」
男を招き入れ、再度廊下を確認してから扉を静かに閉めた。
男は五十嵐の隣に座り、頭を掻いていた。
「ハンター野郎が、いきなり現れて……襲ってきて……慌てて逃げてきた……。間一髪だったよ」
「大変だったな。でも、よくハンターに遭遇して無事だったな」
「あぁ……運が良かった」
あれ?
無事………?
その違和感の正体に気づくのが、五秒遅かった。
やっぱり、俺はバカだ。
「おい、お前。その銃を僕に寄こせ。早くしろ」
五十嵐の小さな頭にごりごりと銃を突きつけた男が、怪しく笑いながら俺を見ていた。
五十嵐は身を強張らせ、震えている。
「分かったよ。……ほら」
俺は、持っていた銃を男に投げた。銃を拾ったこの男は、五十嵐から銃とヌイグルミ両方を奪う。そして最後に、俺に部屋を出るように命じた。
「お前は、囮だ。そうして、廊下の中央に立ってろ。女は、そこだ! 扉の前。ハンターが来たら、お前は全力で走ってハンターをここから遠ざけろ。下手なことしたら、この女を殺すからな。僕からは、全部見えてる。バカなことするなよ」
「お前、ここに来る前にヌイグルミをハンターに奪われてたな………。頼むから女は解放してやってくれ。俺は、言われた通り囮でもなんでもやるから」
「ダメだ! お前がハンターに追われ、殺されたら次に女に囮になってもらう。もう三十分を切ってる。二人いれば、時間内は何とかもつ」
映画で見るほどの、男のクズっぷり。
ドスドス!
ドスドス!!
廊下の角から何かがやって来る。巨大な大男だった。俺の姿を確認すると包丁を振り回しながら、裸足で襲ってきた。
このヌイグルミをハンターに投げて脱落しようと思ったが、すぐに脳内で却下した。次に囮になる五十嵐はそのヌイグルミすら持っていないからだ。ハンターに捕まり、呆気なく殺されるだろう。
とにかく、走って。走り続けた。考えるより先に足を動かせ。
そうしないと俺はーーーー。
グサッ!!
「ぐっ!?」
背中に何かが刺さった。数秒遅れでハンターが投げた包丁だと気づいた。音楽室からはかなり離れたし、五十嵐はきっと大丈夫だろう。
俺は両膝を地面につけ、中庭の中央で倒れた。自分から流れ続ける血液の水溜まり。
凍えるほど、寒かった…………。
ここで死ぬのか……。
「……………?」
誰かが、呼んでいる?
頬にポタポタと温かい何かが降ってきた。薄く目を開ける。なぜか、目の前に五十嵐がいた。俺は、最後の力を振り絞り、決して離さなかった真っ赤なヌイグルミを五十嵐に握らせた。
「これ……持って…合格……しろ……」
ヴゥーーーーーー!!
ヴゥーーーーーーーーー!!
はぁ…………。
これは、やっぱり無理ゲーだったんだなぁ。
七美。
ごめんな。
幸せに出来なくてーーーー。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!