一の姫猫は、ニャーー!と、鳴き声を上げ、タマは、紗奈《さな》の足下で、フゥーー!と、毛を逆立てている。
「え?!タマ!それ、猫でしょ!」
紗奈の言い分に、
「タマは、怒ってるいるのですっ!姫猫様と一緒になるために、猫の仕草も練習しているのです!」
などと、つぶらな瞳を吊り上げて、荒ぶれた。
「姫猫様を、簡単に使わないでくださいっ!!」
さらに毛を逆立て、タマは叫ぶと、紗奈へ噛みつく素振りを見せる。
きゃあ!と、叫んで、紗奈は、後ずさった。
「タマが、怒るのも、当たり前だ。紗奈、いい加減にしないか!」
常春《つねはる》が、妹を叱咤する。
確かに、一の姫猫は、空を飛んだ。しかし、あれは、ああでもしなければ、皆が、窮地に陥るから取った、苦肉の策。
「……だけど、兄様……日が暮れてしまって……」
髭モジャが、言ったように、都を出ると夜になってしまうだろう。松明《たいまつ》の灯りがある、髭モジャ達の護衛がある、と、いう問題でもない。
かといって、一の姫猫に頼るというのも、これほどの人数、荷物を、どうするか。あの時は、紗奈一人を背中に乗せただけだった。ついでに、タマを咥えて……。
「えっ!!姫猫様!」
常春が、紗奈に、こんこんと説教している横で、タマが、驚いていた。
「あ、あの!上野様、じゃなかった、徳……じゃなかった、やっぱり上野様!」
「タマ!何、言ってるの!!」
紗奈に、呆れられながら、タマは、モジモジしつつ、一の姫猫の言葉を代弁した。
「えーとー、姫猫様も、一緒に行きたいそうです。都は、懲り懲りなんだって。だから、タマも、ご一緒します!」
でも……、と、タマは、言い渋る。
「眠いので、今は、空を飛べないそうです」
「だそうだ、紗奈。ここは、素直に、牛車《くるま》に、乗りなさい」
常春は、荷物を、牛車へ運び込んだ。
「髭モジャ殿、そして……」
「おお!胸モジャでよいぞ!」
言いよどむ、常春へ、崇高《むねたか》が、胸を張って胸元を見せる。
「うわっ、ほんと、胸モジャだなあーそれだけあれば、鬼も逃げるよ!」
晴康《はるやす》が、けたけた笑った。
「で、上野様は、空を飛びたいの?」
笑いを堪えながら、晴康が、紗奈へ尋ねる。
「飛びたいって、訳じゃないけど、飛んだ方が早く着くかなあと思って。何しろ、遠国だから、何日かかることやら。なるべく早く着かなければ、あちらで、厄介な事が起きてるかもしれないし」
それには、一同、うーんと唸った。
「じゃあ、やっぱり、飛んだ方が良いのかなあ……」
晴康の言葉に、常春が、ピクリと肩を揺らす。
「あー、やっぱり、だめだ。兄様は、高い所が、苦手だから……」
い、いや、そ、それは、空であって、もしも、落ちたりしたら云々と、常春は、必死に言い訳し始める。
「まあ、落ちない事を祈りつつ、常春も、大丈夫で、皆を、一度に運ぶには……若、しかいないかー」
タマ、若に、聞いて来て、と、晴康は言うが、一同、何のことやらと、話が見えぬとばかりに、ぽかんとしている。
「晴康様!かまわないそうです!」
タマの言葉に、じゃあ、そうゆうことで、と、言いつつ、晴康は、車に繋がれる、牛の若の側へ行った。
「タマ、力を分けておやり」
はい!と、勢い良く答えたタマは、ピョンと、若の背中へ飛び乗り、額を擦り付けながら、むむむむ、と、唸った。
とたんに、若が、モウーーー!!!と、嘶く馬のように、大きく鳴いた。
その瞬間、若の体は、メキメキと音を立て、肉が盛上がる。
「こんなところかな?」
タマが、隆々と盛り上がった、筋肉質の体へ変化した若から、飛び降りた。
「若様!足で、地面を掻いてみてください!」
タマに言われて、若は、蹄で、土を蹴るように掻いた。
すると、ふわりと、浮き上がる。勿論、繋がれている、車ごと……。
「これで、空を飛べますよ!」
嬉しげに、タマは言うが、一同は、ただ、ただ、固まった。
目の前で、起こった事が、まるっきり理解できなかったのだ。
「さあ、皆様、車へお乗りくだされ」
呆然としている、皆へ向かって、若が、言う。
かなりの間の後、
えええーーーー!!!!喋ったぁぁーーーー!!!!
牛車を寄せている、車宿《くるまやどり》に、驚愕の声が響き渡った。