テラーノベル
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金曜日を目前に控え、健一の様子は異常なほど浮ついていた。
それと同時に、彼は焦っていた。
「理想の女神」であるナオミに贈る、見栄えのいいプレゼントを買う資金が足りないのだ。
「……おい、奈緒」
夕食後、リビングで美容雑誌を眺めていた私の前に、健一が居心地悪そうに立った。
「何?」
「あのさ……今月の生活費、少し戻してくれないか?急な付き合いが入って、ちょっと入り用なんだよ」
私は雑誌から目を離さず、淡々と答える。
「無理よ。私も自分のために使っているし、そもそも『飯も洗濯も別々』って決めたのはあなたじゃない」
「ったく、融通の利かねえ女だな…お前みたいな可愛げのないババアに金を使うより、もっと価値のあることに使いたいんだよ!」
健一は吐き捨てて自室へ戻ったが、ほどなくして私のナオミ用スマホに通知が来る。
『健一:ナオミちゃん、ヤッホー‼😍️🌈✨元気にしてるかな❓🎵☀️実は……オジサン、ナオミちゃんに会えるのが楽しみすぎて💕思わず、君に似合いそうなネックレス✨を買ってしまいました‼️💎✨オジサンの精一杯の気持ち💖、受け取ってくれますか❓🎁✨✨』
(……バカね。生活費をケチってまで、架空の私に貢ぐなんて)
実際、彼は無理やりリボ払いに手を出したか、里奈への手切れ金を使い込んだのだろう。
私はナオミとして、甘く残酷な返信を送る。
『ナオミ:嬉しい……健一さんの優しさに、胸がいっぱいです。私も、精一杯お洒落して行きますね』
その一方で、私は「サレ妻の味方」として、里奈に最後の火をつけた。
『サレ妻の味方:里奈さん。健一さん、ナオミのために高価なネックレスを買ったみたいですよ。あなたには「金がない」って言っていたのに。明日の夜、アークホテルのラウンジ……彼はあなたを完全に捨てるつもりです』
里奈からの返信は、一言だけだった。
『里奈:絶対に許さない。殺してやりたい』
(そう、その怒りを持って、明日の舞台に上がってきなさい)
◆◇◆◇
金曜日の当日
健一は朝から念入りにシャワーを浴び、香水を振りまいていた。
私がかつてプレゼントした勝負ネクタイを締め、鏡の前で気取っている。
「……行ってくるわ。遅くなるから、鍵は開けておけよ」
「ええ、いってらっしゃい。…存分に楽しんできてね」
私が送り出すと、健一は鼻で笑って家を出た。
その背中が消えた瞬間、私の顔から表情が消える。
私はクローゼットから、ナオミとしての衣装を取り出した。
顔を半分隠す広いつばの帽子に、サングラス。
そして、奈緒の時には決して着ない、背中が大きく開いた黒のドレス。
30歳の今だからこそ着こなせる、毒を孕んだ美しさ。
メイクを仕上げると、鏡の中には「絶世の罠」が立っていた。
「……さあ、マスカレードの始まりよ」
私は健一の財布からこっそり抜き出していた予備のルームキーと
不倫の証拠を詰め込んだ封筒をバッグに忍ばせる。
戦場は、アークホテルのラウンジ。
そこには、自分を王子様だと思い込んでいるクズ夫と
刺し違える覚悟の愛人が待っている。
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#大人ロマンス
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