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羽海汐遠
11,882
こはるん
44
ナギの失踪から一ヶ月。
教卓の前に立つボイドは、重い口を開いた。
「我が班に、新しく専属のヒーラーを募集する」
その事務的な宣言は、暗に「ナギの帰還は絶望的である」と突きつけていた。
「――っ!?」
一番に色をなして机を叩いたのは、やはりアサヒだった。
「何でだよ! 遺品も、魂も見つかっていないんだろ!? あいつはまだ、どこかで生きてるはずだ!」
この世界において、戦死した者の肉体が朽ち果てようとも、その魂は最期に所持していた遺品へと宿る。そうして力は次世代へと受け継がれるのだ。ダンジョンの最奥で見つかる遺物が冒険者の魂を宿し、高値で取引されるのはそれが理由である。
しかし、ナギの遺品は未だ何一つとして発見されていない。
ボイドは静かに目を瞑り、アサヒの悲痛な叫びを冷徹に聞き流した。
ナギが消えて以来、臨時ヒーラーを雇って課題をこなしてきたが、それももう限界だった。
これから挑むのは上級課題。
一朝一夕のチームワークでは通用しない。
いつまでも臨時の補填で済ませるわけにはいかなかった。
「ちょっと、アサヒ……先生だって辛いのよ! 少しは先生の気持ちも考えなさいよ!」
カゼハが涙をためながら、アサヒの肩を掴んで宥める。
ボイドはしばらく沈黙を保った後、ゆっくりと、慎重に言葉を選びながら語り始めた。
「……黒曜の谷の捜索で、『鏡』が見つかった」
「鏡、ですか……?」
「そうだ。黒曜石で精巧に造られた鏡だ」
学生3人はきょとんとして顔を見合わせる。ボイドは静かに言葉を続けた。
「古くから伝説の類と思われていた遺物だが……ナギを捜索していた騎士団の捜索隊が発見し、現在は王国の研究機関へ移送されている。……ナギは、その鏡の中に吸い込まれた可能性が極めて高い。そして、その鏡から『現世へ帰還した』という伝承や記述は、古今東西どの魔導書にも存在しない。今のところ、完全な一方通行だ」
ボイドの淡々とした口調に、3人は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした。
ナギは死んでいない。
しかし、二度と戻ることもできない。
それは、死よりも重い現実の宣告だった。
ボイドは静かに目を開け、絶望に身を硬くする教え子たちを見据えた。
「……死んで遺品が見つかり、魂が道具に宿るよりもタチが悪い。」
これ以上ないほどに残酷な、しかし動かしようのない事実が、3人の胸を深く刺し貫く。
アサヒの拳は、怒りとやり場のない悔しさで激しく震えていた。カゼハは溢れそうになる涙を必死に堪え、唇を噛み切る。黙って聞いていたガイも、奥歯が砕けそうなほど強く顎を噛み締めていた。
死んでいないのなら、今すぐ助けに行けばいい。
そう叫びたいのに。
歴史のどこを探しても「戻った記録がない」という圧倒的な絶望が、3人の足を床へ縫い付けていた。
重苦しい静寂が満ちる中、ボイドは小さく息を吐き、事務的に教卓の上の書類をめくった。
「――感傷に浸る時間は終わりだ。次の課題のブリーフィングを始める」
コメント
1件
第3話、すごく重くて苦しかったです……。ナギが死んでないのに戻れないって、確かに「死よりもタチが悪い」宣告ですよね。遺品も魂も見つからないから希望を持たせておいて、まさか鏡の中に吸い込まれて一方通行って。アサヒの怒り、カゼハの涙、ガイの沈黙、それぞれの反応が痛いほど伝わってきました。ボイド先生の事務的な口調も、逆に辛さを際立たせてるなって。続きが気になります。