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それから、明姫奈とずっと話ができないまま、放課後を迎えた。
睡眠不足と一日中落ち込みきった疲れにのろのろと帰りの準備をしていたら、化学の先生に呼び出された。
「たしか今日の日直は芦名だったよな。ちょうどいい。実は明日の化学で実験やるんだが、ちょっと準備やっといてくれないか?」
「あ、はい…」
「これ、リストだから。この数の通りだして、机の上に置いておいてくれ。ほんの少しなんだが、これから急な出張にいかにゃならんくて」
「わかりました…」
「すまんなー。もうひとりの日直にも伝えたんだが、あいつじゃ全然あてにならんくてな。芦名は優等生だから助かるよ」
と笑うと、先生は汚れた白衣を揺らして足早に去って行った。
ちぇ…すぐに帰るつもりだったんだけどな…。それで今日は家に全部鍵かけて引きこもりを決め込もうと思ってたんだけど…
優等生で通っている私。先生の依頼は断れない。
蒼に見つからないように、とビクビクしながら化学室に向かった。
「おー芦名やっぱ来てたんだー」
道具を揃えていると、もうひとりの日直がやってきた。
めずらし…。
その登場に、私はびっくりする。
その日直のコは赤石って言うんだけど…先生への態度が悪くサボりに遅刻と問題行動の多い男の子で、手伝いになんて絶対に来ないって思っていたからだ。
噂だと、他校のヤンキーグループと仲良くしていて、けっこうアブナイこともしているらしくって…しかも女好きで、二股三股は当たり前のチャラ男…って聞いたことある。折り紙つきの不良だ。
「あ、赤石…どうしたの?」
「どうしたの、って、手伝いに来たんだろー。ったく、山口のやつ、めんどくさいからって生徒に押しつけやがって、ムっカつくよな!」
と、よれよれの通学鞄を乱暴に床に投げ捨てる。こ、怖…っ。
「…もう終わるから大丈夫だよ?」
「ああ?いいよ。なに?あとビーカーだせばいいの?」
「うん…そこの戸棚の箱に…」
ガチャガチャ、と無造作に箱をつんで、机に置く。
そんなに乱暴にしたら、割れちゃうってば…。
「あとはー?」
「もうないよ。ありがとう、先帰っていいよ。私は数確認してから帰るから…」
「あそう」
ズっズっと靴の踵を引きずって、赤石はドアに向かった。
よかった、さっさと帰ってくれた…。
と安心したのも束の間―――
バンッ。
ドアが閉められたかと思うと、赤石が私の元に戻って来た…。
「ど、どうしたの?先帰ってもいい」
「芦名ってさぁ、付き合ってるヤツいんの?」
え…。
唐突な質問に思わず振り向くと、軽薄そうな痩せた顔がすぐ近くまで来ていた。
「あの相模ってスカしたヤツと付き合ってんの?」
煙草臭さに息が詰まりそうになりながら、私は笑って首を振る。
「まさか…!蒼はただの幼なじみ」
「へぇ…蒼、って名前呼びなんだ。さすが幼なじみ」
ニタ、と赤石は八重歯を見せた。
「いいねぇー。俺も芦名に『ノブ』って言われてぇな」
手をつかまれた。思わずびくりと身をすくめる。
「あ、その顔、もしかして怖がってるぅ?やっべぇ、ムラつくなぁ。いっつもツンツンしてっから、そういう顔見せられるとすげぇコーフンすんだけど」
なに…言ってんの…?嫌な予感がして、私は焦りを覚え始める。
「俺のダチもみんな言ってんだけどさ、芦名ってまじキレ―でエロくてヤベェよな。どうせあのスカしヤローと付き合ってんだろ、って思ってたけど…ふぅん、ただの幼なじみなんだ。じゃあさ、俺のカノジョになってよ」
「えぇ…」
唐突な告白に唖然となった。
言葉を失っていると、赤石はずいずい、とさらに近付いて来る。
「ねーだめ?今フリーなんでしょ??俺さぁ、もうずっと前から芦名のこと好きだったんだー」
うっわ…全然真実味が感じられない…。
てか…
あたしこの前あんたが女の子といちゃついてるとこ見たんだけど?
チャラ男って、こういうヤツのこと言うんだな…。
「もうしんどいから告ろうと思って、チャンス狙ってたんだけど、まさかこやってふたりっきりになれるとはなー、山口にマジ感謝ー」
二日連続で告られるなんて…こんなことあるんだな…。
モテ期到来ってやつなのかな…。
って言っても、昨日の蒼と比べたら…赤石のこの告白、軽すぎ…。
昨日の蒼の鬼気迫るような告白に比べたら、今なんて、からかわれているような気さえしてくる。
「からかわないで」なんて…蒼にひどいこと言っちゃったな…。
長年の想いを告げた昨日の告白は、蒼にとっては真剣以外なにものでもなかったろうに…。
ズキズキとした罪悪感は、やり場のない苛立ちを引き起こした。
ムッとした口調で、赤石に返事した。
「悪いけど、私不良とか嫌いだし」
「えー冷たいー」
「あと、そういうチャラい感じも大嫌い。早く出て行ってよ。準備が終わらないじゃない」
手を振り払うと、私はまた確認を始めた。
けど、
「きゃ…っ」
ドンっ
と急に突き飛ばされた。
かと思ったら、机の上に押さえ付けられてしまった。
「は、離してっ!!」
「やだー」
すごい力…。
痛くて悲鳴をもらすけれど、むしろ楽しむかのように全然離そうとしない。
蒼にも抑え付けられたけど、男の子ってどうしてこんなに力が強いの…?
びくともしない・・。
怖い…。
煙草臭い口が近付いて来る。
「そういうつれない態度がイイんだよなぁ。力づくで言うこときかせたくなるっていうかぁ」
「ひ…人呼ぶよ…!思いっきり叫んでやるんだから」
「やってみれば?こんな校舎の端っこを通りかかるヤツなんか、いねーだろうけど」
「…!」
両手が片手で押さえつけられて、余った手が、私の脚をさわりと撫でた―――。
いや…!
全身に鳥肌が立つような、嫌悪感に襲われる。
蒼に触られるのと、全然違う。
怖い…
気持ち悪い…!
手はゆっくりと、脚の上へと撫でていく。
いや…もう触らないで…!
嫌だ嫌だ嫌だ。
誰か助けて…!
誰か…誰か…
蒼…!
ガラっ!
急に、教室のドアが開く音がした。
かと思うと、重みが消えて、床に引きずり倒される赤石の姿が視界に映った。
「てめぇ!なにすんだよっ!」
素早く立ち上がって、怒り任せに赤石が殴りかかってくる。
けど、助けに入ってくれた人―――蒼は、あのバスケ仕込みの動きでさっとかわすと、逆に赤石を殴り飛ばした。
バンッ、と戸棚にぶつかる赤石。
それでもまだ殴りかかろうとするところに、蒼が迫り寄ってその胸倉をつかんだ。
「俺の女に手出すな」