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転勤して三日目。
俺はこの署のやり方にも徐々に慣れ始めていた。書類の回し方、報告の順番、事件記録の保管場所――すべて頭に入った。容量は悪くない。いや、むしろ早い方だと自分でも思う。
「三木、いいペースだな。このままならすぐ戦力だ。」
上司が書類を受け取りながら、口元をほころばせた。
「ありがとうございます。」
そう返したが、心は微動だにしなかった。
(褒められても、嬉しくはない)
この評価は、俺が“普通”でいることを前提としてのものだ。だが――1度でも能力のことが知られれば、全ては水の泡になる。
過去に何度も経験してきた。能力を知られ、恐れられ、避けられ、最後は「お前がやったのか」と疑われる。
あれだけはもう、二度と御免だ。
だから、資料に手を伸ばすときは細心の注意を払う。触れた瞬間、あの記憶が押し寄せる前に、ページを閉じる。それが無理なら、一気に最後まで目を通し、記憶に叩き込む。
――苦しむ暇を与えないためだ。
昼休みも、俺は食堂ではなく自席で軽くパンをかじりながら、地図や事件記録を頭に入れ続けた。雑談に混ざる余裕もない。いや、混ざる気もない。
夕方、報告書を提出すると、また上司に褒められた。
「仕事が早いな、助かるよ。」
「……ありがとうございます。」
その笑顔に、俺も形だけ笑みを返す。だが、胸の奥底には冷たい水が溜まっていくような感覚だけが残った。