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第2話「再会の夢」/片道100円
100円で会えるなら、安いもんだ。
そう思って、ユイはスマホ画面の「購入ボタン」をタップした。
表示された夢のタイトルは、《再会の夢 Type-R(片道)》。
──“あなたがもう一度会いたい人、1名限定”
──“夢は朝まで続きます。途中終了・記録持ち帰り不可”
購入済みの表示とともに、画面に注意書きが現れる。
【注】この夢は、1度限りの片道仕様です。再レンタル不可。
ユイ(18歳)は、高校3年の春からずっとこの夢を借りようか迷っていた。
癖のある前髪を切らずに垂らし、いつもパーカーにスニーカー。
外では気丈なふりをしていたが、内心はずっと“その日”から止まったままだった。
──ユウト。
茶色の髪を後ろで軽く結び、口元にいつも笑いを浮かべていた彼は、
事故でいなくなった。ユイの手を、最後まで握っていたのに。
ベッドに横たわり、ヘッドデバイスを装着する。
呼吸が深くなる。
明晰夢への導入は、現実よりも「自分の中」に向かって落ちていくような感覚。
気づけば、目の前にあの日の川辺の土手が広がっていた。
夕焼けが空を焼いて、風が髪をなでる。
「……来たのか、ユイ」
その声に、心が止まった。
ゆっくり振り返ると、そこにユウトがいた。
変わっていない。
制服のまま、春のジャケット、左肩にサッカーバッグ。
「ごめん。あの時、言えなかったことがあってさ」
二人は、ベンチに座った。
話したことは、くだらない思い出ばかりだった。
缶コーヒーの苦さ。
夏祭りで一緒に見た花火の煙。
あのときの数学のテストの点数。
でも、ふいにユイは口をひらいた。
「……まだ、起きたくない」
ユウトは笑った。
「じゃあ、あと1分だけ」
その“1分”が、夢の中でどれくらいの長さだったのかはわからない。
別れ際、ユウトはふと真面目な表情になって言った。
「言い残したことがあるのは、たぶん……俺のほうだった」
ユイがはっとする。
「ユイが、生きててよかった」
そして、彼は立ち上がり、少し照れた顔で手を振った。
「じゃあ、また……いや、またはないんだったな」
その言葉を、彼は風にまかせて消していった。
ユイが目を覚ましたのは、朝の6時。
いつもの部屋、いつもの枕。
だが、枕元には壊れかけたヘッドフォンが置かれていた。
ユウトとふたりで、最後に聴いた曲のまま止まっていた。
ユイはそれを両手で抱えながら、久しぶりに泣いた。