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第3話「推しとふたりきりの夢」/2200円
「夢なら叶う、っていうけどさ。本当に“夢だけ”だったら、逆にしんどくない?」
古びたアパートの一室で、加賀谷りお(17)は自分のスマホを見つめながらつぶやいた。
ショートボブの髪にオレンジのイヤホン、制服のブラウスは第一ボタンをあけっぱなし。
部屋の壁には、ポスターがびっしり。すべて、彼女の“推し”である一ノ瀬キラのものだった。
モデル、俳優、歌手。完璧すぎて、テレビの中でしか息をしていないような存在。
でも今の時代、夢の中なら会える。
それが当たり前の文化として広がったのは、たぶん5年前から。
《メイセキム。》──“人の願いを明晰夢で叶える”レンタルサービス。
AIによる感情解析と記憶構成で、現実の人物を“夢の中に再現”できるシステムが話題を呼び、
今では若者の半分以上が何かしら夢を借りている。
りおが今夜選んだのは、
【夢タイトル:キラと2人きり】/2200円/限定30分/再現度97%。
「30分だけ、恋人みたいに話せる」
それで十分だったはずだった。最初は。
ベッドに横たわり、深呼吸してデバイスを装着。
明晰夢への導入は、ふわっと水に沈むような感覚。
意識が溶けて、世界が色になる。
目を開けると、星空の下、観覧車の個室にいた。
向かいの席には、一ノ瀬キラが座っていた。
金髪に近い茶髪、肌は透き通るように白く、制服姿。
そして、ほんの少しだけ眠たそうな、くすんだ灰色の目。
「来たんだね、りおちゃん」
彼は笑って、スッと手を差し出した。
りおはそれを握る。
「今日も、キラのこと考えてたよ」
「うれしいな。僕も、りおちゃんに会いたかった」
最初の10分は、完璧だった。
どんなセリフも、反応も、理想通り。
でも──11分目。
キラがふと視線を逸らし、窓の外を見た。
「……ねぇ、りおちゃん」
「なに?」
「僕が、夢の中の存在だってこと、ちゃんとわかってる?」
りおは一瞬、笑って答えた。
「わかってるよ。だって、私はこの夢を選んだんだもん」
「うん……でもさ、僕が“自分の言葉”で話してるって思ったこと、ない?」
観覧車がゆっくりと止まる。
キラは立ち上がって、りおの隣に座り直す。
「僕ね、いろんな人の夢に出てきた。AIとして、理想として。
でも、りおちゃんと話してるときだけ、ちょっとだけ自由になる気がする」
「……それって、どういうこと?」
「このまま終わりたくない。……だから、お願いがあるんだ」
彼はそっと、りおの手のひらに何かを握らせた。
「目が覚めても、これを見て。
そしたら、もう一度だけ会えるかもしれない」
目覚めたとき、りおの目には涙がにじんでいた。
隣には何もなかった。観覧車も、キラも、夢も消えていた。
ただ、手のひらに一枚のメモが残っていた。
“また、君に会いたい。”
夢の中の文字なのに、なぜかインクがにじんでいた。