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次の週。
TVジャパンの報道番組が、アートプラネッツのオフィスを取材に訪れた。
インタビュアーは、番組メインMCの倉木が買って出て、オフィスにもクルーと一緒に同行してきた。
「冴島さん、皆さん。お忙しい中、快く取材を許可してくださって、ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
倉木はハツラツと、そして心底嬉しそうに笑顔で挨拶する。
「こちらこそ。倉木さんの番組に取り上げて いただいて、大変光栄です」
大河も笑顔で、倉木とガッチリ固い握手を交わした。
「初めに、皆様がお仕事されている様子を撮らせてください。普段通りで結構です。そのあとに少し、冴島さんにインタビューさせていただければと。何かNGな話題はありますか?」
「ありません。何でも聞いてください」
「ありがとうございます。もちろん放送前に映像をチェックしていただくので、カットしたい部分も遠慮なくお知らせください」
「分かりました」
そしてまずは、カメラをオフィスの一角に設置して、大河達四人の仕事の様子を静かに撮影する。
最初はカメラを意識してぎこちない四人だったが、すぐに仕事に没頭して、いつもと変わりないやり取りをする。
「大河。ミュージアムのラフコンテンツ、フォルダに入れたからチェックしてくれ」
「了解。透、内装業者との打ち合わせ、決まったか?」
「ああ。来週の火曜日、一緒に現地へ視察に行くことになってる」
「分かった。吾郎、シンガポールの展覧会の件は?進捗どうだ?」
「それが先方のメールの返事が亀レスでさ。こっちは昼でもあっちは夜だから」
「なんでやねん!1時間しか時差ないわ」
倉木はカメラの横で必死に笑いを堪える。
しばらく全体の様子を撮ったあとは、ハンディカメラで個人のデスクに近づき、手元やパソコンのモニターなどもアップで撮影する。
カタカタと目にも止まらぬ速さでキーボードを打ち込んだり、カチカチとマウスをクリックしながら立体的なアートを描いていく様子もカメラに収められた。
ひと通り録り終わると、今度は倉木と大河のインタビューに移る。
カメラマンが構図を確かめ、ちょうど水槽が後ろに映り込む位置に椅子を置いた。
「改めまして、アートプラネッツの代表取締役でいらっしゃる、冴島 大河さんにお話をうかがってまいります。冴島さん、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
挨拶をしてから、早速倉木は質問を始めた。
「アートプラネッツの作り出すデジタルアートは、国内はもちろん、今や海外でも大きな注目を集めています。体験した人は皆、初めての感覚に驚き、感動して、最後には笑顔になる。その世界観は、どんな想いで作り上げていらっしゃるのでしょうか?」
「はい。我々は常に、観てくださる方の心に何かを残せたら、という想いで制作しています。デジタルアート、と言えば、その言葉の響きだけで批判的に捉えられることもあります。芸術とは違う、アートと名乗るな、といったご意見もいただきます。それはごもっともだと我々も受け止めています」
「え、そうなのですか?」
倉木は声のトーンを落として眉根を寄せる。
「はい。どんなご意見も、それはその方の真実だからです。100人いたら100人全員に、良い作品だ、と言われることなんてあり得ません。100通りのご感想があって当然です。我々が一番恐れているのは、何も感じない、と言われることです。たとえば、この作品はなんか嫌いだ、と思われたとしても、それはその方のアートに対する心を、ほんの少しでも動かせたことになります。自分達の作品から、何かを感じ取ってもらえたら。我々はその想いで日々制作に励んでいます」
倉木は深く頷きながら耳を傾ける。
「もちろん、感動した、良かった、とお言葉をいただくと、我々も嬉しくなります。子ども達が、楽しい!と笑顔で体験してくれていると、作って良かったなと心から思います。海外の方に、日本は美しいと感じていただけたら、身が引き締まる思いです。アートに正解も不正解もない。本物か偽物か、ではなく、良いものは良い。それが我々の確固たる信念でもあります」
大河の力強い言葉に、倉木はメモを取ることも忘れてじっと聞き入っていた。
(参った。本当に参った。惚れるわー。もう俺、冴島さんにゾッコンだわ)
取材を終えて局に戻ると、倉木はデスクでしみじみと大河のインタビューを思い返していた。
テレビに映る仕事をしている自分も、色々な批判を受けることがある。
アナウンサーとしての技術的なことならまだしも、なんか顔が変だ、とか、雰囲気が嫌だ、といった意見には、どうしたものかと頭を悩まされていた。
もちろん応援してくれる人も多いが、どうしても批判的な言葉の方に気を取られてしまう。
だが、今日の大河のインタビューを聞いて、いかに自分がちっぽけな人間であったかを思い知らされた。
(あの冴島さんでも、批判的な意見を言われるんだ。それなのに冴島さんは、恨んだり嘆いたりせず、ただ静かに受け止めている。どんなご意見もその方の真実、か。すごい言葉だな。批判にさらされても心折れたりせず、自分の信念を強く持って凛としている。見た目も中身も、抜群にかっこいい。あんな人、本当に存在するんだな)
自分の目指すべき生き方がはっきりと分かった気がして、倉木は勇気が湧いてきた。
(よし、俺も冴島さんを見習おう。冴島さんの背中を追いかけて、もっともっと成長しよう)
信じられる存在のありがたさに、倉木は心から嬉しくなった。
22時を過ぎ、ほとんどの社員が退社したあとも、倉木は黙々とデスクで残業をしていた。
コーヒーでも飲もうと休憩室に向かうと、プライベートのスマートフォンにメッセージが届いているのに気づいた。
件名に「谷崎です」とある。
恐らくハンカチのことだろうと思いながら、メッセージを開く。
『こんばんは。谷崎 ハルです。
先日はハンカチをありがとうございました。
来週の金曜日、TVジャパンでバラエティ番組の収録があります。
13時入りなのですが、少しお時間頂いて、ハンカチをお渡し出来ればと思います。
ご都合はいかがでしょうか?
お返事よろしくお願いいたします。
谷崎』
相変わらず真面目だな、と思ってから、ん?と首をひねる。
(来週の金曜日?それって、特番かな?)
その日は、ドラマのワンクールごとに収録されるNGシーンを集めた恒例の特別番組があり、MCを倉木と女性アナウンサーの二人でやることになっていた。
(あ、そうか。谷崎さんのドラマがうちで放送されてるからか)
デスクに戻り、収録の台本をもう一度よく見てみると、出演者の中に谷崎 ハルの名前もあった。
やっぱりそうか、と思いながら、谷崎に返信する。
『こんばんは。倉木です。
遅い時間に申し訳ありません。
ご連絡ありがとうございました。
来週の金曜日の収録は、私もMCとして参加いたします。
その時にお会い出来ると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
倉木』
送信するとすぐに既読になり、程なくして返事が送られてきた。
『ひゃー!倉木さんがMCなんですね?
どうしよう、緊張します…。
お手柔らかにお願いいたします』
え?なんで俺だと緊張するの?と、倉木は首をひねる。
(もしかして俺って、変な質問するアナウンサーだと思われてるのかな?)
そう思いながら入力する。
『かしこまりました。谷崎さんが返事に困るような質問はしないように気をつけます。
私では力不足かと存じますが、どうかよろしくお願いいたします。
いつもTVジャパンにご出演いただき、ありがとうございます』
するとすぐさま返事が来た。
『あああ、あの、そんな、違うんです。誤解です。倉木さんは素晴らしいアナウンサーでいらっしゃいます!』
…は?と、倉木は目が点になる。
これはいったい、どういう流れなのだ?
なんと返事をすれば?
文字のやり取りとは、難しいものだ。
取り敢えず、今は話を広げないでおこうと、
『ありがとうございます。
それでは当日、よろしくお願いいたします』
とだけ書いて送信した。