「俺、異世界とか行ったことないですけど?」
その一言で、会議室が変な空気になった。
誰もがまばたきをして、目の前の柊木さんもいぶかしむような表情になる。
「悪いが葦原少年、くどいようだがこちらはカマをかけているのではなく君の事情は知っているんだ。それに君だってこちらへ戻る前に転移女神から言われたはずだろう? 悪しき帰還者たちから世界を守るべく、地球へ戻るようにと」
「いやいやいやいや、あのなんかすいません、別に知らないふりとか正体かくしているとかじゃなくてっていうか、ね、流石にこの状況で知らないふりはしないっていうかなんていうか、あれ、俺が悪いんですか?」
新しい設定が続々出てくる中、俺はテンパりながらなんて言えばいいのかわからず意味のない言葉を羅列し続けてしまう。
とある予感から、なんだか知ってはいけないことを知ってしまったような、恐怖感が出てきた。
「あのこれ真面目な話なんですけど、人違いしていません? それこそラノベで言うところの巻き込まれ系っていうか、実は同姓同名の別人とか俺に生き別れた双子の兄弟がいてとかむしろさっき一緒に歩いていた二人のどっちかが本物とか」
「それはない」
ばっさりと切り捨てられると悲しい反面、やや安心した。
どうやら、秘密を知ったからにはウンヌンという展開にはならなさそうだ。
「花咲少女」
「はい」
柊木さんの呼びかけで、弓矢を持っていた女子が前に出てきた。
声の明るい可愛いらしい女の子で、うしろ髪をシニョンにしているのがオシャレに感じた。
「わたし花咲桜良、高校二年生なんだけど葦原君は?」
知らない女子の物理的接近に、ちょっと緊張した。
「お、俺も同じだけど?」
「じゃあタメ口でいいよね? わたし、異世界だと無類錬金術師のジョブを持っていて、Sランクの鑑定スキルと探知スキルを使えるんだよ」
腰に手を当て、ちょっと誇らしげに胸を張る。
だけど自慢げな感じは無くて、子供が一等賞を報告するようなほほえましさがあった。
「向こう側の帰還者たちは魔神たちから隠蔽スキルをもらっているから探知できないけど、葦原君は帰還者だってわかるよ。それも、全世界と人類を救ったSランク転移者の称号を持つ最上級帰還者ってね」
――Sランク転移者!? まさか俺が、いや、でも、う~ん。
「いやいやいや、本当に心当たりがないっての」
「ちょっと見せてね」
言って、花咲はなんのためらいもなく、俺の手をつかんできた。
「ッッ!?」
やわらかい、あったかい、きもちい。
思春期男子特有の繊細で汚らわしいアレコレがこみあげるのも知らず、花咲は頷いた。
「葦原君、記憶が封印されているみたいだね」
「ようするに忘れているってことか?」
「うん。ステータス隠ぺいの魔法もかかっていてよく見えないけど、チートも持っているみたい」
ぞわりと、とある高揚感が背筋を走った。
期待を裏切られた時の防衛線として落ち着こうとする自分と、でもまさかもしかして、と浮つく自分がせめぎ合う。
「あ、あの、さ……まとめると、ラノベじゃなくて、異世界転移っていうのはマジであって、俺もみんなと同じで異世界勇者で帰還者で、チート能力を持っているんだよな?」
「そうだよ」
「それで、闇落ちした悪い帰還者たちと戦うために、極秘裏に集められた特殊部隊的なものにスカウトされているんだよな?」
「らしいね」
花咲が視線を向けると、柊木さんが肯定した。
「うむ。その認識で間違っていないな。政府関係者にも帰還者がいて、今、各国首脳がVR会議で対策を協議中だ。君にも是非、参加してもらいたい」
――お、お、お、おぉ……。
「葦原少年?」
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおついにキタコレェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!
今まで抑えてた欲望が、感情が、想いが、頭の中で火山のように噴火した。
俺だって普通の男子だ。
小学生の頃は、アニメや漫画の主人公たちに魅了され、憧れた。
現実に悪の秘密結社や特殊能力がないのは承知だけどビッグな存在には憧れた。
漫画家とか、スポーツマンとか、声優とか。
だけど中学生になる頃には、メディアの情報で世の中は運と才能、実家の財力とコネですべてが決まること、庶民は勝ち組にはなれないことを痛感していた。
だから自分に言い訳していた。
勝ち組になっても有名税が大変だし庶民は賢く消費する側に徹するべきと。
でも、でもでもでも、ここで降ってわいた超展開。
スピリチュアルな力があるだけでもスター級なのに、異世界チート能力なんて、勝ち組とかいうレベルじゃない。
しかも悪の異能者たちと戦う組織のメンバーなんて、漫画家やスポーツマンどころじゃない。
それこそ、小学生の頃に憧れた主人公たちそのものじゃないか。
それに記憶がないのは気になるけど、逆にそれが主人公っぽい。きっと俺の封印された記憶には何か特別な意味があるに違いない。
脳内麻薬がドバドバ出るような多幸感に、顔がゆるまないよう抑えるのが大変だった。
テンションが上がり過ぎのようにも感じるけれど、今まで触れてきた異世界チート作品の主人公に自分がなれるとなれば仕方ないだろう。
「葦原少年!」
「えっ、あ、はいすいません!」
妄想に夢中で、つい自分の世界にトリップしてしまった。
俺が慌てて姿勢をただすと、柊木さんはやや呆れた声を漏らした。
「大丈夫か?」
「は、はい。でもなんで俺だけ記憶がないんでしょうか?」
「それはわからないが、転移女神の記憶もないなら、私が代わりに説明しよう」
胸の下で腕を組みながら、柊木さんは淡々と解説を始めてくれた。
俺も、リアル異世界の話に耳を大きくする気持ちで聞き入った。
「まず異世界だが、単刀直入に言えば君がラノベやアニメで触れてきたであろう作品と同じだ。基本的にはゲームのようにステータス画面や経験値、レベル、スキル、ジョブがある中世ヨーロッパ程度の文明レベルで剣と魔法と勇者と魔王と冒険者とモンスターがいる。他、風土は同じだがステータス画面がない地球寄りの異世界、逆に魔法と科学が融合した魔科学のおかげでSFチックな世界になっている異世界もあるようだ」
「それっておかしくないですか? なんで異世界が準拠なんですか? 創造神さんたちラノベ参考にして天地創造したんですか?」
「どうやら逆らしい」
「逆?」
「ああ。詳しくは私も知らないが、どうやら我々地球人は魔法のない世界の住人であるがゆえに魂がまっさらで神の加護たるチートを受け取れる素養がある唯一の人類らしい」
「い、いわゆる地球人最強設定ですね」
それもまた、異世界モノのお約束だ。
「当初、神々は神話や伝説のように現地人にささやかな加護や聖剣を与えて魔王対策をさせていたが、ある日気が付いたらしい。地球人に最大級の加護、チートを与えた方が強く、確実に魔王を倒せると。そうして、神々は地球のクリエイターたちにアイディアを降ろしたらしい」
「え? じゃあもしかして?」
まさかと思いながらも、俺はある考えに行きついた。
「そうだ。どうやら、神々はかなり前から地球人異世界転移計画を練っていたらしい。よくクリエイターがアイディアを閃くことを『降りてきた』と表現するだろう。あれは本当に神々がアイディアを与えているのだ」
――マジで降りて来ていた!?
「神々は異世界の文化、法則、常識を作家たちに降ろし、世界中の作家が剣と魔法の冒険ファンタジーを描き、続けてゲームクリエイターたちはレベル、経験値、ステータス、スキル、ジョブシステムをRPGに加え、地球人は間接的に異世界に触れ、着々と異世界への抵抗感を減らしていった。そしてついに、ライトノベルの世界に『異世界転移モノ』というジャンルを確立し、地球人が異世界転移に憧れるように仕向けた」
なんだか手の平で転がされている感があるけど、妙な説得力がある。
異世界転移ブームはちょっと凄すぎる。
ネット投稿、出版物、アニメ、いずれも作品数はあらゆるジャンルを押し流す勢いだし、オタク業界どころか一般人まで異世界転移モノに夢中だ。
それこそ、異世界転移モノにあらずんばエンタメ作品にあらず、と言わんばかりに。
その光景は、まるで何か見えない力が働いているかのようでもある。
だけど、神様たちが暗躍していたとなれば納得だ。
「計画通り、異世界転移ブームが起きたところで地球人たちにチートを与えて異世界転移をさせると、誰もが喜んで魔王を倒してくれた。現地人にとっては恐怖の対象でしかない魔王との決戦が、地球人にとっては夢の舞台だからな。だが、一つだけ誤算があった」
そこで柊木さんは急に声をひそめた。
厳かな口調に、俺も表情を硬くした。
――まさか。
「最初は人格と適性を見込んで転移させ、異世界を救った地球人たちだが、一部の地球人は私欲におぼれ、魔王に取って代わり世界を支配したり、独善的に振舞ったり、中には異世界で辛い目に遭い絶望して破壊者となった者もいるようだ」
――やっぱり……。
最近、異世界転移モノのカウンター作品として、そういうモノもある。
むしろ、いわゆるクラス転移モノでは力におぼれて闇落ちしたクラスメイトたちを主人公がやっつける、というのがお約束だ。
――人間、力を持つとロクなことにならないんだな……。
今までテレビで見てきた調子に乗った成功者の転落人生話を思い出しながら、重たい溜息を吐いた。
「そこで天界の神々、天神たちの敵対者である魔界の魔神たちは闇落ちした転移者に目を付け、彼らをこの地球に集めているらしい。天界を裏切った一部の転生女神たちと一緒にな。連中の狙いは人類滅亡か、支配か。いずれにしろロクなことではあるまい」
「なるほど、それで俺たちが集められたってわけですね」
はやる気持ちを抑えながら、それでもやや前のめりに尋ねると、柊木さんは頷いた。
「うむ。奴ら魔神勢力に対抗すべく、各転移女神たちは自身の担当転移者を地球に帰還させ、対抗させようというわけだ。君がこうして地球に戻っているのも、同じ理由だろう。記憶がないのは、地球に転移させる時に手違いがあったのかもしれないな。転移ではなく転生システムと干渉したとか、な」
柊木さんの言い回しに、花咲が照れ臭そうに頭をかいた。
「あ、実はわたし転生者で赤ちゃんからやり直したんだけど、自分が地球人だって思い出したの十歳で無類錬金術師ジョブを授かった時なんだよね。まぁ、おかげで赤ちゃん時代ヒマで苦しむこともなかったけど」
「そっか、最初から地球の記憶があったら動けない赤ちゃん時代精神的にキツイよな。そのために転生には記憶封印システムが組み込まれているわけだ。て、それじゃあ俺の記憶が戻るのに十年かかるのかよ?」
俺が唇を尖らせると、花咲は可愛く眉根を寄せた。
「う~ん、それはどうかなぁ? わたしが記憶に目覚めたのは十歳の誕生日じゃなくて、女神様からチートを貰った時だからね。葦原君もチートを使ったら思い出すんじゃないかな?」
「それと、便宜上、我々は異世界転移者が女神から授かる能力を総称してチートと呼んでいる。能力の大小に関係なくな」
「お、専門用語があるとそれっぽくてカッコイイですね」
気分が高揚しているせいか、だんだんノリが軽くなってしまう。
ちなみに、チートとは本来、反則を意味する言葉らしい。
それが転じて、反則級に強いことを指す言葉になり、現在ではたんに特殊能力を指して言う。昔ネットで、
『チートって言うほど強くもないただの特殊能力をチートって呼ぶのどうなんだ?』
ていうコメントを目にしたことがあるけど、書き込んだのはきっとオッサンだろう。
「それで花咲、俺のチートはなんなんだ? アイ●ズ様やシ●君みたいな超魔法使いか? ナオフ●みたいな一芸特化も個性が出ていていいけど、個人的にはリム●みたいな無数のスキルを使える万能系だと嬉しいかな」
ワクワクとドキドキで胸いっぱいの俺に、花咲よりもさきに柊木さんが答えた。
「そうだな。まだ全員のチートも把握できていないし、ここは能力検査の為にも一度模擬戦をしたいな」
――おぉっ! 異世界転移者同士のぶつかりあい! まさにロマンじゃないか!
異世界転移者だらけのオールスター乱闘ゲームを想像して、胸が高鳴った。
「とはいえ我々がまともにぶつかれば東京が更地になりかねん。この中で箱庭系の能力を持っている者はいるか?」
全員一斉にチートを収め、パイプ椅子に座り、会議室は静まり返った。
「うむ。模擬戦は無理そうだな……」
柊木さんの隣で、俺も一緒に肩を落とした。
――チート対決ロマンが……。
「あの」
一人だけビジネススーツ姿の疲れた感じのおじさんが控えめに手を挙げた。
「箱庭系スキルじゃないけど俺のストレージに入っている惑星殲滅破壊兵器アンゴルモアでみんなを乗せて宇宙空間まで連れて行けば……」
――意外な人が意外なモン持ってたぁあああああああああああああ!
「十中八九どこかに捕捉されるからやめよう」
――そして柊木さん冷静ぃいいいいいいい!?
「じゃあもう模擬戦はいいから、俺のチートだけ教えてくれよ」
「うん、じゃあそこだけ重点的に鑑定してみるね」
ちょっと肩透かしだったけど、俺がワクテカしながら待っていると、外から異音が聞こえてきた。
遥か彼方から響く、波が引くように重く太い雑音。
近くをトラックが通ったのかと思ったが、それは俺だけだった。
他の人たちはみんな、花咲でさえただならぬ表情で緊迫した声を漏らした。
「これは、建物の倒壊音……」
「え?」
花咲の言葉に続けて、柊木さんのスマホが鳴った。
「……わかった。諸君、さっそくだが敵帰還者が街に現れた」
「そんな! 早すぎます! 私たちが帰還したのは昨日の夜ですよ!?」
そう声を張り上げたのはスポーツアイドル然とした、さっきの女子だった。
――ん? 昨日の夜?
彼女が慌てる一方で、柊木さんは冷静に見えるもわずかに声を硬くした。
「先に動いていたのは魔神勢力だ。少なくとも、我々が帰還している以上、連中も帰還していると考えるべきだろう。そして連中が我々を待つ理由はない」
もっともな意見に、女子はぐうの音も出ないといった風に歯を食いしばった。
「数は三人、ろくな訓練もしていないが、ただちに現場へ向かうぞ」
『了解!』
『OK!』
『わかりました!』
十人は統一感のない返事をして席を立ちあがった。
新兵が初陣でビビリまくるというのはよくある話だけど、俺は興奮が止まらなかった。
ここから俺の逆転ヒーロー伝説が始まるのかと思うだけで、大作ゲーム発売日前日とは比べ物にならない多幸感があった。
これから戦いが始まるというのに、どうやら俺もすっかり神々の罠にはまっているようだ。
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