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クロッカー 〜 ビヴォのサーカステント内にて 〜
魔人ビヴォはジャグリングボールを両手に三個ずつ持ち、くるくると回転しながらこちらに投げつけてきた。球は通常の速さで飛んでくる。何も無い、わけもなく。飛んできた球から手紙の時のように口が生えてくると、大きく開いた。
「避けろ、エーヴェル」
「っつ!?」
球を間一髪交わす。通り過ぎたと見せかけて、急カーブし、戻ってきた。すぐ後ろにいた弟子は回避に間に合わないだろう。
「エーヴェル!」
「無理だって!」
咄嗟に両腕を構えて防御の姿勢を取ると、球は弟子の両腕に噛みついた。歯が服に食い込み、肉に食い込み、その血を啜る。苦痛に顔を歪める弟子。なんとか振り払おうと両腕を乱暴に振る。
「いってぇ!? 離せ、この唇球!!」
「キャキャキャキャ! 無理に剥がそうとすると肉を食い千切られるぞ〜? 痛いぞぉお〜?」
弟子の服が血で滲む。そのせいでビヴォにあることがバレてしまった。それは、周りの人間達にも魔人、魔物達に気づかれてはいけないこと。
「ギョエエエ!? お前、<呪われ人>かぁぁ!? その黒い血、通りでお前からは人間としての生を感じないわけだ!」
「エーヴェル!」
儂は指先でいくつもの魔法陣を描き、腕に噛みついている球を引き剥がした。<魔術解除の術>である。攻撃性のある魔術を解除することができる高技術の魔術だ。
弟子から離れた球達はビヴォのもとにふよふよと飛んで戻っていった。
「いってぇえ……。先生、あの球。一度噛みつかれると魔力を吸って、ああやって主人に分け与える仕組みになっているみたいっすよ……」
「そのようじゃな? おまけにちと厄介になった」
球達は弟子から吸った魔力と黒い血を魔力に変換し、ビヴォに力を与えた。ビヴォは味わうように舌なめずりをし、満足げにニカっと笑った。
「キャキャキャキャ! こいつはいい! 力がみなぎってくる!! これで僕ちゃんの夢に一歩近づいたぞぉおお」
「クソ野郎が……」
「動くな、エーヴェル」
弟子に簡単に治癒の術をかけ、噛まれた箇所を手当してやる。幸い、傷は浅く大事には至らないようだ。しかし、ビヴォに弟子が<呪われ人>とバレてしまった。
<呪われ人>とは文字通り複雑且つ、高度な術で呪われた人のことを言う。呪われ人になったものは、血が黒くなり、人間と掛け離れた存在になってしまう。そして、その黒い血は人間には害となるが、魔物や魔人には魔力を向上させる効果があるのだ。
「先生、どうする?」
「……儂が相手をする。お前は下がっておれ」
「は? ちょっーー」
儂はステージの木材を魔法で浮かせて壁を作り、弟子を包んだ。まだ基本的な術しか覚えていないため、戦闘は不利と判断したのだ。
ビヴォの両手から放たれたジャグリングボールは、今度は豪速で儂の懐に飛び込んでくる。
「先生!」
壁の隙間から、叫ぶ弟子。儂は回避の姿勢を見せず、ノーガードで球の噛みつきを受けた。コートに食い込む歯。しかし、痛くも痒くもない。
「つくづく、この身体は便利じゃのう。人間のような造りをしていても、感覚はないからな。」
「グギギっ!? なんて、硬さだっ!?」
球達がカミカミと歯を突き立てているが、儂に使われている金属の素材とは相性が悪かったようだ。儂は両手を前にパンっ! と強く叩くとビヴォの横に二つの魔法陣が出現した。
「ななな!?」
「……潰れろ」
叩いた両手を今度はぎゅっと握った瞬間、ステージと同じ木材でできた巨大な両手が現れる。木材でできた巨大な手は、ビヴォを強く挟んで握り、離さない。ギチギチと木材とビヴォの骨が軋む音が空間内に響く。
「ギギギギギギギャ!!??」
「数十年前。儂がお前をきちんと葬ってやればこんな悲惨な事件は起きずに済んだ。もの凄く後悔しておるよ」
「黙れっ!! お前に、憐れまれて、たまるかっ! 皆、みんな、……僕ちゃんを笑うやつは、皆ぁあ!!」
木材の手の隙間から大量の黒い血が溢れている。ビヴォの口や鼻、あらゆる場所も同じ様に黒い血でいっぱいになっていた。これは、弟子から吸収した黒い血ではない。ビヴォ本人の血だ。
「なんと……お前も呪われ人か」
「ううっ……僕ちゃんを笑うやつは皆皆、皆死んでしまえぇえええええええ!!!」
「先生!」
ビヴォから溢れ出た黒い血は、ビヴォ自身を取り込み、魔法でできた木材の手をも取り込んだ。儂は嫌な予感がし、咄嗟に魔法を解除した。拘束が解かれたビヴォは黒い血を纏ったまま、液体と化し、ステージの上を跳ね回った。
「くっ!」
目にも止まらぬ速さであちこちを飛び回っていたビヴォは、サーカスの外に繋がるであろうと思われる出口へと跳ねていった。弟子を包んでいた壁の魔法も解除し、二人でビヴォの後を追いかけた。
「先生! ビヴォが!」
「わかっておる、追いかけるぞ」
光り輝く出口を二人でくぐり、目を刺すような眩しい光から一瞬目を背ける。そこは路地裏に入る前のあの場所だった。戻ってきたのだ。雨が降っており、周りには銃を向けた保安官達が並んでいた。
「動くな! 手を挙げろ!」
儂らは何が何なのかわからなかった。後ろを向くとビヴォのサーカステントが消えた。床にはまだビヴォの流したと思われる黒い血が点々と保安官達を抜けた先に続いている。
「おいおいおい、何か勘違いしていないか?」
「黙れ! この殺人犯め!」
保安官は銃口をこちらに向けて、儂らを殺人犯呼ばわりする。弟子は手を挙げながら保安官に問いかける。
「殺人犯? それなら今追っている最中なんだが」
「黙れと言っている! お前たちはこの路地裏で次の殺人の計画を練っていたな!? 連行する、連れていけ!」
「ハァ……、勝手にしろ、お前は英雄だよ」
クロッカー 〜 ケトロ保安本部 取調室にて 〜
弟子は呆れた顔でため息を一つついた。儂らは抵抗もせず、周りの保安官達に逮捕され、そのまま保安官本部へ連れて行かれた。
本部に到着すると、取調室に連れて行かれ、あれやこれやと質問攻めされた。人智を越えた話をしても人間には理解できないだろうと判断し、黙秘し続けた。弟子も同様に黙秘を貫いた。尋問、黙秘、尋問……を約一時間ぐらい繰り返した。
弟子と二人で瞑想をしていると、尋問部屋を速歩きで駆けつけるカールが乱暴に入ってきた。この光景を見て、彼は血相を変えて震えていた。
「カール隊長! 殺人犯を捕まえました!」
儂らを連行した先程の保安官が誇らしげに敬礼する。カールは顔を赤くし、こめかみに血管が浮かび上がらせて、腹から大きな怒鳴り声をあげた。
「ばっかもーーーーーーん!! トッド、お前は何をしとるか!!」
「ひえ!?」
耳がキーンとなりそうな怒鳴り声を至近距離で浴びせられたトッドという保安官は腰を抜かし、言葉を失った。カールは鍵を取り出し、儂らの拘束を解くと、取調室から出してくれた。
「すまん、クロッカー……。あいつは新人でな? 正義感が強いのは良いことなんだが、こうやって空回りをするやつなんだ。俺に免じて許してやってくれ」
「それは構わんが、おかげで今回の事件の犯人を捕まえ損ねたな」
手首を数回まわす。カールが来るまでの拘束時間が長かった。後一歩のところでビヴォを退治できたものを正義感だけは一丁前の新人に邪魔されたとなると、捜索は振り出しに戻るだろう。また、ビヴォが手紙をよこしてくれるとも限らない。
「ふむ……、どうしたものか」
「あの路地裏に戻るのはどうでしょ? なにか残ってるかも?」
同じ様に手首をまわしていた弟子にそう言われて、儂は路地裏に戻ることにした。黒い血の跡も簡単に雨に洗い流されたりしないだろう。なにせ魔力を含んでいる血だ。ただの雨水では消せない。
「さて、すまんなカール。儂らはもう行かねばならん。そうじゃ、今度一緒に蒸留酒でも飲みながら生焼けのステーキでも食べんか?」
「嗚呼、いいな。ぜひ、ご一緒したいね? お弟子さんもどうだい?」
カールは自身のお腹を撫でながら、儂の弟子も誘おうとした。
「……遠慮しておくよ。蒸留酒は苦手でね」
「がはは、そうかそうか。蒸留酒は独特な味がするからな! まぁ、口に合う合わないは個人の舌の問題だからなあ」
「……舌の問題、か」
あることに違和感を覚えた。しかし、今はあの路地裏に行かねば証拠が消えてしまうというのもあってその場を後にした。カールと別れて、あの路地裏へと戻った。
クロッカー 〜ケトロの町 路地裏にて 〜
雨が降る中、あの路地裏に戻ってきた。テントは最初からその場になかったかのように綺麗サッパリ消え去っていた。
「やはり、ビヴォの作った空間魔法だったのかもしれんな」
「手がかりは……特になし。犯人は現場に戻るっていうから、何か残ってると思ったんですけどね」
路地裏に何か残っていないかと探し回っているとペンデュラムが揺れ始めた。何かに強く反応しているようだ。ペンデュラムの揺れが大きくなる場所がないか、手の平から垂らしながら移動する。ゴミの山にペンデュラムを向けると大きく揺れた。
「ん? 先生? 何してんすか」
「……ペンデュラムが強く反応しておる。エーヴェル、調べてみてくれ」
「えー!? 嫌ですよ、こんなばっちいゴミの中漁るなんて!」
潔癖症を持つ弟子に示すようにゴミの山を指差す。弟子はぶるっと身震いして探索を拒否した。トランクから替えの手袋を取り出す儂を見た弟子は、観念したようにゴミの山を漁った。
「うえっ……、気持ち悪っ。本当にここに何かあるんですか?」
「ある。儂のペンデュラムがそう言っておる」
「そのペンデュラム。絶対、私が潔癖症なのわかってて反応してません? はぁ……。ん? これは」
ガサガサと漁ったゴミの中から、黒い液体が僅かに不着した布を発見した。弟子がその布を儂に近づけると、ペンデュラムはより強く揺れる。
「ペンデュラムが反応してる。先生、これは」
「うむ、間違いない。これはビヴォの黒い血じゃ」
弟子から布を受け取ると、まだ血は新しくそれほど時間が経っていないのが分かった。血が乾いていないところを見ると、だいたい数時間前ぐらいに拭き取ったのだろう。儂は懐から試験管を取り出して、その黒い血を採取した。これを使ってあるものを作ろうと思っていた。
「一応、ここにきて正解だった、ってことでいいですかね」
「ふむ、成果はあった。後はやつを始末するまでが儂らの仕事じゃよ」
試験管を再び懐にしまい、取り敢えず路地裏から出た。
「でも、やつを探し出すなんて無茶なんじゃ?」
「いや、そうでもないぞ」
儂らは女将のリンダの宿へ歩みを進めながら、今後のことについて話し合う。そして、今回の事件の犯人はビヴォで間違いないのだが、一つひっかかることがあった。
「今回の事件の犯人は確かにビヴォ、で間違いはない。じゃが、あのビヴォがここまで計画的に動けるだろうか」
「というと?」
「儂らがあのテントから脱出した後、タイミングよく保安官がくることまで計算されていたように儂には見えたんじゃよ」
「先生、それって」
歩みをピタリと止めた弟子は、一瞬瞳孔を大きく開くと我に返ったかのように歩みを再開した。
「共犯者、がいると?」
「そう考えるのが妥当じゃろうな」
謎が謎を呼ぶ。探りを入れれば、入れるほど底が見えない。仕舞には何を追っているかわからなくなりかけている。
いつまでも降り続く雨に打たれながらも、宿に入り、また明日を迎えるのだった。