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「上野?国へとは、どういうこと?」


守恵子《もりえこ》が、首をかしげる。


「あー、実は、国元へ、一度帰ろうかと……で、都と違って、向こうは田舎ですから、猫ちゃん達が、大量にいても、大丈夫なような、感じじゃないかと、思いまして……」


「……感じじゃないか、って、感じなのでしょ!!!猫は、猫は!!どうなるの!!」


守恵子は、紗奈《さな》へ向かって、言い捨てると、やおら、駆け出した。


「守恵子様!どちらへ!」


橘が止めるが、守恵子は、それすら振り切るように、房《へや》を飛び出してしまう。


「タマ!!守恵子様を!!あーー!猫の親分さんも!お願いしますっ!!」


紗奈はとっさに、守恵子を追うように、二匹に、言った。


猫の事ではなく、おそらく、紗奈が国へ帰ると言った事が、守恵子には、こたえたのだろう。


「タマ!前庭へ、釣り殿よ!親分猫と先回りして!」


前庭に備わる池に突き出すように、臨んでつくられた、吹放ちの建物がある。


納涼や宴に用いられる場所で、ここより、池に放たれた鯉や鮒などを釣り、遊ぶこともあるのだが、守恵子は、機嫌を損ねると、大方そちらへ行って、池を眺めるのだ。


「はい!わかりました!あっ、でも、上野様が行かれた方が……」


駆け出そうとした、タマが、紗奈へ言った。それに、なんで、親分猫なのかと。


「あー、だから、私の一言で、ご機嫌損ねちゃった訳だから、今は、私は、行かない方が良いの。それに、ちっちゃくて、まるっこいのが、行った方が、効果的なのよっ!」


「そんな、もんなんですか?って、いうより、とにかく、タマ、守恵子様をおっかけます!」


いや、あんたの方が、さきに着くって、と、紗奈は思いつつ、親分猫を見た。


フムフムと、何か、わかった顔をして、紗奈へ、頷いている親分猫へ、


「すみません。タマだけだと、なんだか、やらかしそうで、なんというか、上手く、守恵子様のご機嫌を……」


と、言う紗奈の頬には、涙が伝っていた。


「ああ、私が、もう少し上手く言えば……」


ニャーと、足元で、鳴き声がして、親分猫は、タマの後を追った。


「橘様!私!」


「紗奈、大丈夫よ、ほら」


橘は、言って、先を示した。


どこから、現れたのか、親分猫を抱き上げる、童子がいる。そして、その姿に気がついた、タマが、顔をほころばせながら、叫んでいた。


晴康《はるやす》様!!!と──。


「え?!橘様?!」


「そうねぇ、いつの間に、潜り込んでいたのかしら。ぐっすり眠っていたのに……」


それは……。


「あの、あの、それって?!」


紗奈は、袖で涙を拭きながら、橘に、確かめた。


「あの、あのですね!」


しかし、驚きから、上手く、言葉にならない。


「ええ、タマの言う通り、あの、童子は、晴康様よ」


「い、いや、あの?!」


確か、晴康は開かずの間で……。


常春《つねはる》に、担ぎ込まれ、そして、その姿が、消えてしまった……はず。


ただ、その後、守恵子が、幼い頃、気に入っていた、人形、ちっちに、変わってしまった。のか、ちっちが、現れたのか、定かでないが、とにかく、人形が床に現れた。そして、紗奈が、新《あらた》に、襲われた時、その、ちっちは、新たに噛みついて、紗奈を助けようとしてくれた。


「え、えっと、つまり、え?!なんですか?!」


「そうねぇ、誰でも、驚くわよねぇ、私も、びっくりしてるもの」


と、言う橘は、しごく、落ち着いている。


「い、いや、なんというか、あーー!!守恵子様は!!」


「紗奈、ちっちが、いるのよ、それに、人生経験豊富な親分猫もいる……んだけど、猫だから、人生って言ってよいのかしら?」


いやいや、橘様!そんなことより、もっと、分かりやすい説明を、というより、やはり守恵子様を!


紗奈の焦りは、橘には、通じないようで、まあ、任せておきなさいよ。などと、他人事のように言っている。


「それより、紗奈、あなた、いい加減、草履《はきもの》を履きなさいな!そんなで、皆のお世話は、できませんよ!」


そろそろ、買い出しに行った、髭モジャが、帰って来る頃だと、言いながら、まずは、お方様に遅めの、朝餉の用意だわ!!と、紗奈を急かした。


「あーー!本当!!まずいですっ!!」


「それに、すぐに、炊き出しの用意しなきゃねぇ。内大臣様の御屋敷の使用人さん達への食事の用意もあるし」


「あー、猫ちゃんたちにも!」


よしっ!と、紗奈は、気合いを入れて、


「橘様、御屋敷に、残っている者達ちだけでは、到底、それだけの仕事に、手が回りません!助っ人、呼んできますっ!」


と、橘に言うと、裏口へ向かって駆け出した。


「これ、紗奈!草履!」


はーいと、返事が、聞こえたような気がしたが、その姿は、すでに、小さくなっていた。


「まったく、さっきまで、涙目だったのに。それにしても、助っ人って、やっぱり……女将さん達よね」


あー、かしましくなるわー、と、橘は、どこか、あきれつつ、小さく笑った。

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