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第6章:名前の鍵
扉の表面を覆っていた光が、静かに収束していく。
カイとリシアは顔を見合わせ、互いの瞳に映る“答え”を探そうとした。
エルデは一歩下がり、柔らかく頷いた。
「行け。選ぶのはお前たちだ」
二人が扉に手をかけると、重たい石の感触が掌に伝わる。
押し開くと、中は薄明かりに満ちた静かな空間だった。
石造りの小さな部屋。中央の机には、埃を被った二冊の本が並んでいた。
カイが一冊を手に取ると、表紙には小さく刻まれた文字があった。
「私の名前はあなたが持っている」
リシアももう一冊を開く。そこには――
「俺の名前は君が持っている」
二人の視線がぶつかった瞬間、胸の奥が熱くなる。
唇が自然に動き、封じられた名を呼び合った。
「……リシア」
「……カイ」
その瞬間、記憶が溢れ出す。
嵐の前夜の港町、夕暮れの防波堤、名前を交換した儀式、離れ離れになったあの瞬間。
胸にぽっかり空いていた空白が、一気に満ちていく。
カイは深く息を吸い、涙をこらえるように笑った。
「……やっと、思い出した」
リシアも涙をぬぐい、笑みを返す。
「私も……ずっと探してた」
ソラスとルナが静かに机のそばに歩み寄り、尻尾を絡ませた。
二匹の体は淡い光に包まれ、ゆっくりと消えていく。
光が完全に消えると、机の上には二つの小瓶だけが残っていた。
エルデが近づき、二人の間に立った。
「お前たちは、自分を取り戻す道を選んだ。……それが何よりの答えだ」
そう告げると、彼は踵を返し、扉の外へと消えていった。
外に出ると、丘は朝の光に包まれていた。
海から吹く風が心地よく、潮の香りが遠い記憶と重なる。
カイとリシアは並んで歩き出す。
「これから、どうする?」
「分からない。でも――」
リシアは笑い、カイの手を握った。
「もう、忘れない」
朝日が二人の影を長く伸ばし、その先に新しい道が続いていた。
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