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エピローグ:語り部の丘
丘の上から、二人の後ろ姿を見送る。
朝日が昇りきる頃、彼らはもう遠くの道の先に小さな影となっていた。
エルデは灰色の外套を脱ぎ、潮風に晒した。
潮の匂いと朝の冷たい空気が、幼い日の記憶を呼び覚ます。
あの日――嵐が迫る中で、泣きそうな顔で互いの名前を預け合った二人。
あれから長い年月が過ぎても、その瞬間の瞳の光は忘れなかった。
ソラスとルナがいた場所を振り返る。
そこにはもう猫の姿はなく、草の上に淡く光る足跡だけが残っている。
「……よくやったな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
扉は再び閉ざされ、丘の静寂が戻る。
守人としての役目は終わった――そう思うと、胸の奥にわずかな寂しさが広がる。
それでも、これでいい。名前を取り戻した二人は、もう自分の足で歩いていける。
エルデは外套を羽織り直し、竪琴を背負った。
次にこの丘を訪れるのは、また新たな「名前を失った者」が現れる時だろう。
その日まで、この物語は静かに眠り続ける。
丘を下る足音が、朝の光の中に溶けていった。